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オリンパスミュージアムより
現在、オリンパスグループが導入を進めているのが「ジョブ型人事」である。オリンパスの竹内康雄会長の「ジョブ型導入への思い」が、2月24日発売の日経ビジネス(賢人の警鐘)に掲載されている。以下、一部を引用する。
「年齢に関係ない『成果主義で評価』するジョブ型により、社員の間に健全な競争心も見られている」
名ばかりグローバル企業に違和感。海外人材阻む年功序列は廃止に『日経ビジネス』25年2月24日号(賢人の警鐘)
はて? 首をひねる専門家の方もおられるのでは。(原則論だが)ジョブ型に「評価」は必要ない。ジョブ型とは、その名の通り「ジョブ」に基づく賃金が、事前に決定されている人事制度だからだ。
同誌発売の1か月後、週刊エコノミストOnlineに以下の記事が掲載された。
オリンパス子会社「ジョブ型」雇用導入で200人が大量降格――訴訟提起や自殺未遂も

オリンパス子会社(オリンパスマーケティング)のジョブ型導入に伴う「降格人事」を取り上げた記事である。降格の対象となったのは40~50代の中堅社員200人。ある社員(A氏)は、製品運搬・回収など単純作業を担う部署に配置転換され、基本給を約4割減らされたという。降格対象者の中には自殺を図る者もおり、A氏はオリンパスを相手取り損害賠償の訴えを起こしている。
問題は、同社人事部の以下の弁だ。
「新しい制度(ジョブ型)となった為、今までの能力、キャリアは関係無く、新たに『配置転換を行った』。ジョブ型になったので、あくまで配置された職務の等級になっただけ」
オリンパス子会社「ジョブ型」雇用導入で200人が大量降格――訴訟提起や自殺未遂も | 週刊エコノミスト Online
ここでも、はて? と首をひねるはず。「配置転換を行った」とある。だが、ジョブ型は、従業員が合意しない限り「配置転換」はできない。ジョブ型とは、その名の通り「ジョブ」すなわち職務を特定して人を採用する人事制度だからだ。
同記事の以下の記述は、さらに問題である。
新設された部署はA氏も含めて配属はわずか2人で、「業務や職務内容、評価基準も未定」だった。
「はて?」。これで3度目だ。繰り返そう。ジョブ型とは、その名の通り「ジョブ」を明確に規定する人事制度である。「業務や職務内容」(ジョブ)が定まっていない部署に配置するこの人事制度は、もはやジョブ型の体をなしていない。
にもかかわらず、オリンパスのジョブ型は、24年の「ジョブ型人事指針(内閣官房・経済産業省・厚生労働省)」の導入事例に選定され、岸田首相(当時)から感謝状まで授与されている。
当社会長の竹内康雄が9/5に総理大臣官邸で行われた #ジョブ型人事 推進会議に16社のうち1社の代表として招かれ、意見交換が行われました。
政府が目指す「若い方もシニアの方も、年齢に関わらず、能力を発揮して働ける労働市場改革」に今後も貢献してまいります。https://t.co/YTZaVU7eSj pic.twitter.com/4SgCZnMUKj— オリンパス株式会社【公式】 (@Olympus_Corp_JP) September 11, 2024
どうやら日本では、ジョブ型「変異種」が産まれているらしい。では、本来のジョブ型(=野生種)とはどのようなものだったのか。整理してみよう。
ジョブ型の「野生種」
ジョブ型人事とは、ジョブ(職務内容)と、ジョブに見合う賃金を事前に決め、ジョブを遂行できる人材を募集・採用する制度である。
賃金が事前に決まっているため、基本的に評価は必要ない。あえて評価するとすれば、ジョブを「遂行できたか・できなかったか」。二択である。よって、成果主義はなじまない。先の竹内会長の言う「成果主義で評価するジョブ型」が当てはまるのは、役員など一部の層に限られる。
また、配置転換も(本人の合意が無ければ)命令できない。これについては判例がある。24年4月の「ジョブ型雇用の配置転換無効判決(滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決)」である。
原告は、福祉用具センターで、福祉用具の改造・製作などの技術者として採用され、18年間その業務(ジョブ)に従事した人物だ。同センター(被告)は、福祉用具の改造件数が減少したことから、改造・製作業務の廃止を決定。伴い、原告に、総務課への配置転換を命じた。
これに対し、原告は、ジョブ型(職種限定合意)であるにもかかわらず配置転換を命令するのは、配転命令権の濫用であると訴えた。最高裁判所第二小法は、
「職種限定合意がある場合(ジョブ型雇用の場合)には、使用者は、当該労働者の個別的同意なしに配転する権限を有しない」
つまり「配置転換命令はできない」との判断を示している。
窓際族、追い出し部屋、そしてジョブ型
これらジョブ型の原則を踏まえ、冒頭のオリンパスマーケテイングの措置を見てみると、
- 従来型で配置転換を命令し、
- ジョブ型の賃金を適用する
という、企業側にとっていいとこどり――都合のいいとこどり――の運用がなされていることに気付く。
「希望退職」に応じなかったA氏は、「エリアサポーター」なる新しい部署に配属された。この部署は、当初何をするか決まっておらず、配属1か月後に、ようやく製品運搬・修理品回収など、裁量権のない単純作業があてがわれたという。
こういった手法には既視感がある。そう。「追い出し部屋」だ。2010年代に問題視されたリストラ手法である。関西大学の伊藤健市教授は追い出し部屋を以下のように定義する。
社内に設置された特定の「部屋」にリストラ対象社員を集め,仕事を与えなかったり,与えたとしても単純作業であったり,自身の就職先を社内外で探す仕事であったりして,希望退職への応募を繰り返し求めつつ,最終的に自主退職や転職を迫るもの
「追い出し部屋」が教えてくれること/伊藤健市/関西大学商学論集 第61巻第4号(2017年3月)
ジョブ型人事が、2010年代の「追い出し部屋」、あるいは1970年代の「窓際族」に続く、リストラ代替策になってはいまいか。
オリンパスでは、「人」にかかわる不祥事が頻発している。07年の内部通報した従業員に対する不当配置転換。11年の自社粉飾決算を追求したCEOの解任(11年当時CEO マイケル・ウッドフォード氏)。そして、昨年、有罪判決が下されたCEOの薬物使用(24年当時CEO シュテファン・カウフマン氏)。枚挙に暇がない。
11年の粉飾決算を調査した第三者委員会は「経営中心部分が腐っている」と断じた。あれから約14年。その企業風土の片鱗が、いまだ残っているとしたら、若く優秀な人材がオリンパスに留まることはない。グローバルに人材を採用できるジョブ型は、優れた人材が流出しやすい制度でもあるからだ。
この先問われるのは、オリンパスの企業風土である。

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オリンパスミュージアムより
【参考】
- 『「追い出し部屋」が教えてくれること』伊藤健市/関西大学商学論集 第61巻第4号(2017年3月)
- 『ジョブ型雇用社会とは何か』濱口 桂一郎/著 岩波新書
- 『日本的ジョブ型雇用』湯元 健治/編著 パーソル総合研究所/編著 日経BP日本経済新聞出版本部