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急増するネットの「刺激」
スマートフォンが手放せない生活が当たり前となり、SNSや動画配信サービス、ニュースサイトなどが24時間いつでもアクセス可能になった現代。「ポチれば翌日には商品が届く」「興味のあるジャンルの動画を無限に視聴できる」など、その利便性は計り知れない。
しかし同時に、ネット上でユーザーの「関心」や「時間」を奪い合う、いわば「刺激の競争」が激化していることも事実だ。企業はAI技術やデータ分析を駆使し、ユーザーの好みを正確に推測した広告やコンテンツを瞬時に提供する。
ユーザーとしては「自分に合った情報を楽に得られる」とうれしい面もあるが、「いつの間にか不要な商品やサービスを契約していた」「気づけば長時間ネットに釘付けになっていた」といった経験もあるのではないだろうか。
令和6年10月17日、政府の「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」がまとめた中間整理は、こうしたネット消費環境の変化に強い関心を示し、消費者被害が増加している現状に対して大きな懸念を表明している。
消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会 – 内閣府
誰もが持っている「脆弱性」
今回の中間整理でキーワードとして取り上げられているのが「消費者の脆弱性(ぜいじゃくせい)」という概念だ。従来、消費者保護といえば、主に「高齢者」「若年者」「障がい者」など、特定属性を持つ人たちが被害に遭いやすいという視点が強調されてきた。
しかし、調査会が指摘しているのは、それだけにとどまらない。私たち全員が、実は多かれ少なかれ「限定合理性(人間の認知能力や判断能力、時間などの制約によって、合理性が限定されていることを意味する概念)」という弱さを抱えているという事実が強調されている。
ヒトは常に論理的・冷静に物事を判断できるわけではなく、思い込みや焦り、周囲の雰囲気などによって意図せず不利な判断をしてしまうもの。特にネット取引では、クリック一つで契約が成立してしまう上、AIが膨大なデータ分析を行い、こちらの購買意欲をくすぐるよう絶妙に仕掛けてくるため、思考停止に陥りやすいと指摘されている。
Full article: Rationality and bounded rationality: you can’t have one without the other
アテンション・エコノミーにおける消費者被害
中間整理が特に注目しているのが「アテンション・エコノミー(情報過多の社会において、人々の関心や注目が経済的価値を持つという経済モデル)」の問題である。
私たちがネット上で無料だと思って使っているサービスも、実際には「個人情報」や「時間」「関心(アテンション)」を企業へ差し出している構造になっている。事業者は私たちのデータを分析し、そこから得られる広告収益などでサービスを運営しているのだ。
より多くのユーザーの注意を引こうと、過激な言説や刺激的なコンテンツが増えたり、誤情報が拡散されやすくなるというリスクも高まっている。また「無料ならいいか」と思って利用した結果、気づかないうちに個人情報が広範囲で取得され、後々トラブルになったという事例も少なくない。
こうした「無形の被害」は消費者自身が見落としやすく、気づいたときには手遅れになりかねないという深刻さがある。
明治安田総合研究所レポート「アテンション・エコノミー、リテラシー向上が不可欠」
調査会が示す今後の方向性
では、このような新しい時代の取引環境に対し、どのような対策が求められるのだろうか。
中間整理によると、まずは「消費者の脆弱性」に付け込む悪質な行為を厳しく取り締まる規制が必要だとしている。特に、AIやデジタル技術を悪用し、ユーザーに不利な意思決定をさせる「ダークパターン」などは、消費者が気づきにくいだけに、しっかりと規律を整えなければならないと指摘されている。
一方で、すべてを規制漬けにすればイノベーションの芽や利便性が失われる恐れもある。そこで、企業が自主的に取り組むソフトな仕組み、たとえば、分かりやすい情報提供や、利用者がスムーズに解約できるデザインの推奨、優良事業者のベストプラクティスを称揚する仕組みなどを組み合わせることが重要だとされている。
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