野党は740万人の「パート大増税」を許すのか

池田 信夫

自民党は13日の総務会で年金制度改革法案を了承し、政府は16日にも法案を閣議決定して国会に提出する予定だ。法案の骨格だった「基礎年金の底上げ」には「厚生年金積立金の流用だ」との批判が強く、これでは参院選を戦えないと判断した。

「年収106万円の壁」をなくしてパート労働者に厚生年金を適用拡大する制度は残したが、中小企業の事業主負担に難色を示す声が党内で強く、拡大完了を次の財政検証の時期以降に先送りした。

パート労働者の手取りは30%下がる

この法案には国民民主党が全面的に賛成しているが、立民党は基本的に賛成だが修正を求める方向、他の党は態度不明である。法案が骨抜きになったのでまじめに審議するかどうかもあやしい。

最大の問題は、最後に残った厚生年金の適用拡大、つまり中小企業のパート大増税である。厚生年金・健康保険の強制加入の対象がすべての企業の週20時間以上働く労働者に拡大され、厚生年金の加入者が740万人増える見通しだ。

日本経済新聞より

これによってパートの主婦の時給も30%減り、中小企業の経営にも大きな打撃になる。これには中小企業の反対が強く、今回も自民党が難色を示し、完全実施が2035年10月になったが、これは施行期間を4年から10年に延長しただけだ。

社会保険料の増税は法案が国会で成立したとき決まるが、今は「従業員51人以上」となっている厚生年金の強制加入の条件を2027年10月に「36人以上」に拡大し、29年10月に「21人以上」、32年10月に「11人以上」とし、35年に企業規模の要件を撤廃して年収106万円の壁(社会保険料の強制加入)をなくす(従業員5人以下と学生を除く)。

10年も猶予を置くのは、徐々に賃下げするためだ。従業員10人の零細企業の場合、あと10年は社会保険料は任意加入だが、2035年に突然30%賃下げするわけには行かないので、今年から3%ずつ下げる。

その半分が給与明細に書かれるが、残りの半分を企業が負担してくれるわけではない。給与総額が10年かけてゆっくり下がる(インフレの場合は据え置く)ので、10年もたつと30%の社会保険料はほぼすべて手取りの低下になる(実証研究でわかっている)。

パート主婦は仕事をやめて家庭に帰る

その保険料は将来、年金の増額として戻ってくるのか。それは年収や寿命によって違うが、山田真哉さんの計算では、年収100万円のパート主婦の場合、元が取れるのは年金支給開始から28年後の93歳だ。

これは「労使折半」の建て前で保険料15%として計算しているので、実際にはその2倍、つまり120歳ぐらい生きないと元は取れない。つまり厚生年金は、今の現役世代にとっては必ず損する金融商品なのだ。

なぜ厚生年金の強制加入を拡大するのか。それは国民年金の赤字を穴埋めするためだ。八代尚宏氏の指摘するように、国民年金(1号被保険者)の保険料納付率は44%に下がり、半分以上が未納・猶予である。

おまけに今回の改正でパート主婦は夫と同じ第2号被保険者になるが、専業主婦は今まで通り第3号で、夫の保険料で2人分の年金をもらえる。これではパートの主婦は仕事をやめて専業主婦になるだろう。

賦課方式の年金制度は100年もたない

これを解決するには保険料の納付を65歳まで延長し、支給開始年齢を平均寿命の85歳にすればいいが、それはとても政治的な合意が得られない。また無年金の生活保護の問題は解決できない。

このような矛盾が次々に出てくるのは、超高齢化社会で賦課方式の年金制度を100年後まで続けようとしているからだ。これは人口増加を前提とした年金ネズミ講であり、人口が減少すると破綻することは目に見えている。

代替案としては、基礎年金を消費税に置き換える最低保障年金が民主党政権で提案されたが、年金官僚が葬った。彼らの最大の利権である年金を財務省に渡したくないからだ。これを今も主張しているのは、河野太郎氏だけである。

最大の問題は厚生年金の2階部分をどうするかだ。民主党政権では積立方式が検討されたが、これは「二重の負担」などの難点があり、政治的に不可能だ。民間の参入を認めるしかない。

今でも大企業のサラリーマンは厚生年金とiDeCoの2本立てで積み立てているので、厚生年金を任意加入にすればいいのだが、そうすると「払い損」になる45歳以下や年収500万円以上は厚生年金から脱退し、年金財政が破綻する。それを避けるために、こんな複雑な制度をつくっているのだ。

だが年金制度を破綻させないために、現役世代の生活を破綻させるのは本末転倒である。そもそも公的年金は必要なのか。「国民皆保険」は維持すべきなのか。現役世代と将来世代のために持続可能な制度を再構築する改革が、今国会では問われている。