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インフレによる物価高対策として減税待ったなしに
あれだけ望んだ「デフレからの脱却」が実現したと思ったら、今度は「先進国一のインフレ」に見舞われることに。
インフレによる物価高への国民の悲鳴に呼応するように、野党は消費税の減税ないし廃止一色です。
経済学について、教科書レベルの知識しかない私は、「インフレ時に減税などしたら、『火に油』では?」と思うのですが、国民の過半数は消費税の減税を望んでおり、参議院議員選挙でほぼ負け確定の政府与党も、いよいよ「一時的な」消費税の減税に着手することになるかもしれません。
ただ、消費税減税を強く望む零細事業者にとっては、この「一時的な」消費税の上げ下げというのが、実は一番厳しい結果をもたらすのではないかと思っています。
そこで、今回は、なぜ、一時的な消費税の上げ下げが、かえって零細事業者に厳しい結果をもたらすのかという話をしようと思います。
消費税を転嫁できていない零細事業者は相当な弱者
インボイスの導入時にも、やれ「消費税は預り金ではないから益税などない。益税排除を目的としたインボイスは不要だ」という、全くインボイスの趣旨を理解しない批判がされました。
結果的に、その論争によって、消費者に「なんだよ、俺達が泣く泣く負担した消費税が、国に届かず誰かの手元に残っていたのか」と、かえって、その”消費税の闇”を宣伝する結果に。
その際にも、免税事業者である小規模な零細事業者やフリーランスから、「益税なんかもらった覚えはないぞ」との主張がされたわけですが、これは、納税を免れることで、免税事業者の手元に益税は生じるものの、得意先とのパワーバランスの中で、その益税がより価格決定権の強い得意先に吸い上げられていたということなのです。
消費税は、源泉所得税のように事業者が徴収することを義務付けられたものではありません。
あくまでも価格は、事業者が自由に決定できるので、「消費税込」で定めた金額のなかに含まれる消費税は、売上の一部であることになります。
これが、「消費税は預り金ではない」との主張の根拠ですが、それを預り金であるかのように国民の啓蒙したのは、「財務省のウソ」というよりは、消費税の転嫁をスムーズにすることで事業者の負担を軽減するためにされたことなのです。
「この上乗せされた消費税は、忌々しいが、事業者は、単に国に届けるために税金を預かっただけ」だという認識を全国民が持つことで、「それじゃ仕方がないな」と負担をしてくれていたわけです。
もし、消費税を上乗せした請求書に「この消費税は私の売上の一部です」などと書いたら、果たして、得意先も消費者もその支払いに納得してくれたのでしょうか。
あなたが、抵抗なく、消費税を上乗せして請求できていたのは、実は「大嫌いだ」と反発しまくっていた財務省のおかげだったのですよ。
国の配慮で事業者は助かっていたのに、今になって「消費税は預り金じゃない」との建前を振りかざすのは、まるで「親の心子知らず」といったところでしょう。
ということで、法的には、消費税は預り金ではなく、事業者の売上を課税標準とする「直接税」であるものの、「預り金的なもの」であるとの啓蒙や消費税の価格への転嫁を促す関係法規や公取委の監視などにより、実際には、消費者の負担する「間接税」として機能させているわけです。
消費者が消費税の負担をこれだけ強く感じていることこそが、その証と言ってもよいでしょう。
このように実質的に間接税として機能させた結果、経済産業省の継続的な調査による最新のデータでは、事業者間取引での消費税について「全て転嫁できている」が93.1%、「全く転嫁できていない」が1.6%となっています。
消費税の転嫁状況に関するサンプル調査の結果を取りまとめました|経済産業省
なんだよ、意外とみんな、消費税を上乗せして請求できているじゃないですか。
つまり、現状で消費税の価格への転嫁ができていない零細事業者というのは、実は少数であり、相当に立場が弱いことが伺えます。
消費税率が減ると益税も減るので手取りも減る
では、そんな零細事業者が、消費税を減税されたら、手取りは増えるのか。
例えば、消費税は10%から5%に引き下げられたとして、売上が550万円(税込)、仕入れ等が110万円(税込)の事業者の手取りはどう変わるのか見てみましょう。
消費税が減税されたのであれば、得意先から、その分の値下げが期待されるはずです。
なにせ、これまで、いくら公取委が監視したところで、消費税の価格への上乗せが許されていなかったような零細事業者ですから、消費税が下がったとなれば、その分値下げしろと言われることは容易に予想されます。
つまり、売上は消費税の減税分だけ下がるということです。消費税が10%で550万円(税込)の売上であれば、消費税額は50万円。それが消費税が5%になれば、消費税は25万円になるので、売上高は525万円(税込)になります。
では、仕入れは、どうか。
仮に、運良く消費税分だけ、仕入先が価格を引き下げてくれたとすると、仕入れ等は105万円(税込)に下がります。
つまり、売上が25万円減っても仕入れ等が5万円減ることで、差引20万円のお金が減ります。
では、消費税の納税額は、どうか。
消費税10% | 消費税5% | 差引 | |
売上高 | 550万円 | 525万円 | ▲25万円 |
仕入等 | 110万円 | 105万円 | ▲5万円 |
差引 | 440万円 | 420万円 | ▲20万円 |
受取消費税 | 50万円 | 25万円 | ▲25万円 |
支払消費税 | 10万円 | 5万円 | ▲5万円 |
納税額 | 40万円 | 20万円 | ▲20万円 |
手取り | 400万円 | 400万円 | 0円 |
消費税率が10%から5%に減ることで、消費税の納税額も20万円減ります。
つまり、この事業者は、消費税が減税されても、手取りは変わらないということです。
なお、これは、受け取った消費税から支払った消費税を差し引いた金額を納税する「原則課税」を採用した場合。
この規模の事業者であれば、業種ごとのみなし仕入率を用いた「簡易課税」を選択するケースが多いでしょう。
一般的には、簡易課税を選択するのは、その事務負担の軽減だけでなく、みなし仕入率で計算したほうが消費税の納税が少なくて済むからです。
つまり、簡易課税は、本来納税すべき金額より少ない納税で済ますことができる。要するに、簡易課税にも益税が生じていたわけです。
益税は、税率が高くなればなるほど大きくなります。
逆に、消費税率が引き下げられたとなれば、簡易課税による益税額も減るので、簡易課税を選択する事業者の手取りは消費税率引き下げにより減るということです。
念のため計算してみましょう。上記の事業者がサービス業(みなし仕入率50%)の場合です。
消費税10% | 消費税5% | 差引 | |
売上高 | 550万円 | 525万円 | ▲25万円 |
仕入等 | 110万円 | 105万円 | ▲5万円 |
差引 | 440万円 | 420万円 | ▲20万円 |
受取消費税 | 50万円 | 25万円 | ▲25万円 |
支払消費税 | 25万円 | 12.5万円 | ▲12.5万円 |
納税額 | 25万円 | 12.5万円 | ▲12.5万円 |
手取り | 415万円 | 407.5万円 | ▲7.5万円 |
ほら、消費税が5%に減税されても、簡易課税を選択していると、その事業者の手取りは7.5万円(20万円ー12.5万円)だけ減るじゃないですか。
ホントに景気が加熱したら仕入価格も跳ね上がる
いや、消費税を減税すれば、景気が良くなって、売上が増えることを忘れているだろ。
それは、確かにあるとは思いますよ。
ただ、消費税率を下げるとなれば、その前で買い控えは起きるはずですし、また税率を上げるとなれば、駆け込み需要はあるものの、その後には、その反動で一気に需要はなくなる。
ですから、消費税の減税で、どれだけ、トータルの売上が増えるのかも疑問です。
もはや、どの業界でも人手不足の状況であり、賃上げも実施されていることから、実は日本はそこそこ好景気なんだということです。
今稼げていない人は、全くそうは思はないかもしれませんが、「もはや、これが日本の実力」ということでしょう。
ここから、さらに売上を増やそうにも、その仕事をする人がいない状態ですが、本当に、消費税の減税により、トータルの売上が増えるほど景気が良くなれば、当然、インフレがさらに加速し、仕入価格は上がっていくはずです。
とはいえ、これだけ大半の事業者が消費税の価格への転嫁ができている中でも、それができないほど弱い立場であれば、思うように値上げはできないでしょう。
つまり、得意先への値上げはできないけど、仕入先からの値上げ要請は来る。ということです。
要するに、消費税減税によるメリットが、仮にあったとしても、すべて立場の強い得意先に吸い上げられ、インフレのデメリットだけを被ることもあるかもしれません。
得意先だって、生き残るのに必死ですから。どこも余裕なんてありゃしません。いくら大手企業だって、それぞれのライバルと熾烈な競争をしているので、それはどこも一緒なのです。
その後、税率を戻されたときが地獄
問題は、そのあとで、消費税率が元に戻された時です。その時に、消費税の増税分を上乗せして請求できるんでしたっけ?
これまでも消費税の転嫁ができていなかったような事業者が、税率が元に戻っただけだといっても、価格を元に戻してもらえる保証はないでしょう。
なにせ93.1%の事業者が消費税をすべて価格に転嫁できていると言っている中でも、価格に転嫁できないような事業者なのですから。
それこそ、短期間で消費税の税率が上げ下げされた結果、価格決定権がない零細事業者であれば、消費税率が下がった時には、値下げ要請がされ、消費税率が戻った時には、そのままということも十分ありえるということです。
これまで消費税率アップ時に価格の上乗せができなかったものが、今回ならできる理由はありませんから。
つまり、消費税の転嫁ができないほど脆弱な零細事業者にとって、一番のキツイのは、消費税率をガチャガチャと上げ下げされることではないのかと。
残念ながら、今でも「言われた値段で仕事をするしかない」という弱い立場が、消費税の減税がされたことで変わるわけではありません。
価格決定権は、他人と比較されても選ばれるだけの特徴的優位性によって得られるものなのです。
AIに聞いてもまったく同じことを
ちなみに、AI(Gemini2.5flash)に聞いてみても、全く同じような予想に。やはり、消費税の一時的な減税は、価格決定権のない零細事業者には、デメリットのほうが大きそうですね。
消費税率の一時的な引き下げとその後の元戻しが、価格への転嫁ができない立場の弱い零細事業者へ与える影響についてですね。ご提示の例(10%→5%へ2年間引き下げ、その後10%に戻す)を基に考えてみましょう。
このような零細事業者にとって、消費税率の一時的な変更は、全体としてメリットよりもデメリットの方が大きいと予想されます。
その理由を段階的に説明します。(中略)
3.トータルでのメリット・デメリットの比較
消費税率引き下げによるメリットは、納税負担の軽減という形で一時的に現れる可能性がありますが、価格転嫁ができない事業者にとっては、その恩恵も限定的であるか、値下げ圧力で相殺される可能性もあります。また、事務負担は税率変更の度に発生します。
一方、税率が元に戻る際には、価格に転嫁できないという根本的な弱点により、納税負担の増加分が経営を直接圧迫するという非常に深刻なデメリットが生じます。この利益圧迫や資金繰りの悪化という影響は、一時的なメリットをはるかに上回る可能性が高いです。
結論
価格への転嫁ができない立場の弱い零細事業者にとって、消費税率の一時的な引き下げと元戻しは、全体としてデメリットの方が大きいと予想されます。
引き下げ時の限定的なメリットや事務負担に加え、元に戻る際に発生する、価格転嫁不能による深刻な利益圧迫と資金繰りの悪化リスクが経営に与える打撃が非常に大きいためです。
税率が頻繁に変更されること自体が、こうした立場の弱い事業者にとって、安定的な経営を困難にさせる要因となります。
編集部より:この記事は、税理士の吉澤大氏のブログ「あなたのファイナンス用心棒」(2025年5月22日エントリー)より転載させていただきました。