黒坂岳央です。
これまで「就職なら鉄板の学部」と広く信じられていた「コンピューターサイエンス」が大きく揺さぶられるニュースが飛び出した。驚くことにその震源地は数々の世界的ITテックを有する米国だ。
ニューヨーク連銀の最新統計によると、米国の大学におけるコンピュータサイエンスが「就職できない学部」として上位にランクインしたのだ。これには言うまでもなくAIが強く影響している。
とはいえ、これで「大学のIT学部がオワコン」になったのではない。AIは新たな職種を生み出し、危機をチャンスに変える可能性を秘めている。また、我が国日本の企業と個人はどう適応すべきか?複合的に考察したい。

Yuliia Husar/iStock
AIの台頭でIT系学部の就職に影響
ニューヨーク連銀の2025年春データによると、米国の大学における失業率ランキングで、コンピュータサイエンスが6.1%、コンピュータエンジニアリングが7.5%と上位に浮上した。
失業率トップは人類学の9.4%だが、注目すべきはSTEM専攻の「アンダーエンプロイメント率(能力に見合わない仕事に就いている割合)」の高さだ。コンピュータサイエンスでは16.5%に達し、卒業生がスキルを活かせない状況が顕著になっている(データ引用元:Newsweek.com)。
しかし、この数字だけを見て「AIが職を奪う」と考えるべきではない。米労働省(BLS)の予測では、2033年までに「コンピュータ情報研究科学者」が26%、「システムアナリスト」が11%と、平均を大幅に上回る成長が見込まれている。これは、AIが初級~中級のコーディング業務を自動化する一方で、高度な研究、アーキ設計、ガバナンスといった新たな需要を生み出していることを意味する。
この変化をどう評価すべきだろうか?個人的には「AIが一部の職種の需要を消滅させた」というより、「質的な変化をもたらした」と解釈するのが適切かつ建設的だろう。
そしてこれらの背景にはAIだけでなく、経済全体の動向も影響している。2025年の米国はインフレ抑制のための利上げが続き、テック企業の採用が鈍化。こうした外部要因が、STEM専攻の就職難を一時的に加速させている可能性も考慮するべきだろう。
人間の仕事は今後も残る
だが最終的には、判断、倫理、責任領域で「人間の仕事」は今後も残ると予想することが可能だ。その根拠として、AIによる完全自律処理のリスクが挙げられる。
たとえば、マッキンゼーが2024年に発表した自動運転車の事故責任に関する研究では、AIシステムのエラーによる訴訟コストが年間平均で1台あたり5,000ドルに上ると試算されている。一方、人間が最終的な判断を担う場合、責任の明確化により大幅にコストが抑えられるとされる。
つまり、「オールAIはかえってコスト高、人間が責任を取る方が合理的」ということだ。ビジネスは経済的合理性で動く。今後も判断や倫理、責任領域で人間の仕事が残る経済的合理性が担保されると読み取ることができる。
日本はこれからどうなるか?
さて、米国で起きているこの大きな変化を我が国ではどのようなインパクトをもたらすのだろうか?
日本では、2025年春の新卒就職率が98%と、5年連続で超売り手市場が続いている。しかし、AI導入が加速する業界では、質的ミスマッチのリスクが潜む。経済産業省の「DXレポート2024」によると、生成AIの企業導入率は大企業で約40%に達する一方、中小企業では10%未満と低迷。金融業界ではAIによる業務効率化が進むが、製造業ではレガシーシステムの刷新が遅れ、AI導入が緩やかだ。
このギャップが労働市場に二重の影響を与えている。量的には労働人口減少による「人材不足」が課題だが、質的には「AIを活用できる人材」の不足が顕著だ。
たとえば、レガシーシステムの保守人材は過剰気味だが、クラウドネイティブやAIガバナンスのスキルを持つ人材は不足している。野村総合研究所の予測(2024年)では、2030年までに生成AI市場が年平均成長率(CAGR)37.5%で拡大し、こうしたスキルへの需要がさらに高まるとされている。
日本の労働市場は、終身雇用や年功序列が根強く、リスキリングが欧米ほど容易ではない。特に45歳以上の中堅層は学習意欲や時間的余裕が不足しがちだ。
企業は、厚生労働省の「教育訓練給付制度」や経済産業省の「リスキリング助成金」を活用し、社内リスキリングプログラムを拡充する必要がある。また、グローバルな人材活用も選択肢だ。
NTTデータはインド拠点と連携し、AIモデルの開発を加速。円安を背景に、ASEANやインドのAI専門家とのハイブリッドチームを構築することで、国内の人材不足を補う動きが広がっている。
米国ほどドラスティックではないにせよ、日本でも大局は大きな人材再配置が行われるだろう。
AI時代に文系職に追い風が吹く理由
そして意外なことにAI時代において、文系的知性が新たな価値を生み出している。その背景にはAIの進歩があまりに急速なため、国際的な規制や標準化が進んでいる事情がある。
たとえば、EUの「AI Act」(2026年8月全面施行)では、高リスクAIシステムの開発企業に対し、ガバナンス専門家の配置が義務付けられ、運用には人間の監督が求められている。また、ISO/IEC 42001(2023年発行)が企業にAIマネジメント体制を要求しており、倫理的判断や説明責任が重視されている。
これにより、ガバナンスやサイバーセキュリティ人材の需要が急増。LinkedInの求人データ(2025年)によると、AIガバナンス関連の求人は前年比で42%増加している。特に「AI倫理監査官」や「データガバナンススペシャリスト」の需要が高まっており、哲学、法学、社会学といった文系的知性が求められ、技術スキルと組み合わせることで差別化が図れる。
さらに人間らしさが価値を持つ領域も見逃せない。たとえば、高級ホテルの接客では「CX(顧客体験)にプレミアムが乗る」として、人間ならではの温かみが重視されている。教育分野でも、AIによる学習支援が進む一方、対面でのメンタリング需要は根強い。文系的知性は、こうした「人間中心」の領域で強みを発揮する。
AI時代の学び方
未来のことは誰にもわからないし、特にAI領域は人類がかつて経験してきた変革とは「自律性」という面であまりにも特異的で想像がつかない。その前提でも、目先は仕事をして生存権の確保が重要というのはれっきとした事実である。ここからは進化するAIを意識しつつも、人間の仕事が残る想定で何を学ぶか?を考えたい。
結論として、AIを外部脳として活用することが鍵だ。既存の技術に外部LLMを組み合わせ、労働生産性を高める。
筆者自身、生成AIを活用して仕事の効率化を進めたことで、これまで出来なかった新たな仕事を受ける余白が出来ている。過去のToDoリストを見直してみると、数年前の自分がやっていた2倍以上の成果物を同じ時間でこなせている。これは紛れもなくAIのブーストがある。
また企業でも、三菱商事はDX人材育成プログラムを通じて文系社員を「AI活用リーダー」に転換させ、業務改善PoCを成功させている。
「これからITを学び直すのはハードルが高い」と感じている人にも差し伸べる手がある。Googleの「AI for Everyone」(Coursera、無料)やMicrosoftの「AI Business School」は、プロンプト設計やデータリテラシーの基礎を学べる初心者向けコースだ。まずは小さな業務改善から始めてスキルを蓄積すればいい。
また、AIガバナンスや生成AIモデルの監査、量子コンピュータを前提としたシステム構築、サイバーセキュリティ対策など、テクノロジー由来の新たな仕事が注目されている。まだ世界から「すべての仕事が消える」という心配はないだろう。
◇
AIは「職を奪う脅威」ではなく「職務を再設計するレバー」だ。量的不足と質的ミスマッチが交差する次の2〜3年が分岐点。個人も企業も、危機を前提にキャリアと組織を再設計することで、就職難と呼ばれる専攻さえ次世代の成長エンジンに転換できるだろう。
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