マスクが批判する「大きく美しい法案」の中身

トランプ大統領が「大きく美しい法案」と呼ぶ大型予算案が5月22日、1票の僅差で下院を通過した。上院では、政権が成立の目途とする7月4日の成立を目指すことになる。ところが、5月末まで政府効率化省(DOGE)を率いる「特別政府職員」として、130日間にわたりトランプと蜜月だったイーロン・マスクが「不快で忌まわしい」と、このトランプ肝煎りの予算案を酷評したのだ。

折角、DOGEが歳出削減に取り組んだのに「肥大化した混乱:bloated mess」が財政赤字拡大を招くという訳だ。が、3日の『Axios』は、法案に「テスラ」が影響を受けるEV車税額控除を含むグリーンエネルギー補助金削減が含まれることや、マスクが求めていた「スターリンク」の全国航空管制への利用に連邦航空局(FAA)が利益相反懸念と技術的理由から難色を示したことが背景にあると報じている

就いては、「連邦下院歳入委員会(Ways and Means Committee)」のサイトに「大きく美しい法案」の減税に関する要点が載っていたので、下記にその概要を紹介する。

この法案は、第1次トランプ政権下の17年に実施され、本年末に期限を迎えるトランプ減税を恒久化することで、勤労世帯と中小企業に追加の減税を提供し、米国における投資と製造業に報奨を与え、富裕層、中国、不法移民への減税措置を終わらせつつ、目覚めたエリート層の責任を追及するとしている。

これらにより、中小企業・製造業者・農家に新たな投資と雇用創出を通じたトランプ2.0の経済ブームを推進する確実性と自信を与える一方、家庭と労働者に対しては、低税率、より大規模な児童税額控除、勤勉な米国民に対する税制優遇措置(高齢者に対する減税、チップへの課税免除、残業代への課税免除、米国製車のローン金利への課税免除)を実施すると述べ、以下の数字などを挙げている。

追加減税の効果

  • 時間外労働の労働者への減税:40億ドル
  • チップ制労働者への減税:124億ドル
  • 高齢者向けの減税:72億ドル
  • 製造業による経済成長:284億ドル
  • 機会ゾーンへの新たな投資:100億ドル以上
  • 2人の子供がいる家庭の手取り収入増加:13,000ドル
  • アメリカの雇用は救われる:6百万人
  • 家族は2,500ドルの増額された児童税額控除を受ける:4千万家庭
  • 相続税の引き上げから救われた家族経営農家:2百万戸

アメリカの家族と労働者を再び繁栄させる

  • 17年のトランプ減税を恒久化し、平均的な納税者への22%の増税を回避
  • 平均的家庭で9週間分の食料品に相当する1,700ドルの手取り増加
  • 子供2 人の中間所得世帯の実質年間手取りが約 4,000 ~ 5,000 ドル増加
  • 労働者1人当たりの年間実質賃金を2,100ドルから3,300ドル引上げ
  • チップ、残業代、自動車ローン利子への課税免除と高齢者に対する追加の減税
  • 4,000 万以上の家族を対象に児童税額控除の倍増
  • 全納税者の 91 パーセントに対する保証控除の維持および倍増
  • 教育貯蓄口座を拡大し、米国人の家族や学生がK-12 教材から高等教育の職業資格の取得までニーズに合った教育の選択を可能に
  • 育児へのアクセス拡大と有給休暇の税額控除恒久化により働く家族を支援
  • 健康貯蓄口座を拡大し、健康保険オプションの選択肢と柔軟性を高める
  • 貯蓄口座を新規開設し、出生時の子供たちの経済的安定を築く

アメリカの田舎とメインストリートを再び成長させよう

  • 中小企業控除を23%に拡大・恒久化し、メインストリートの中小企業に100万人以上の新規雇用を創出し、7,500億ドルの経済成長をもたらす
  • 米国研究開発奨励金と利息費用控除を更新し、新工場、既存工場の改修、その他生産設備の100%即時費用計上(即時一括償却)を認め、米国における新規生産工場の拡大や成長事業を支援
  • Venmo、PayPal、および600ドルを超えるギグ取引をIRSに報告することを義務付けるギグワーカー規則を廃止し、民主党によるギグエコノミーへの攻撃を阻止
  • 1099-MISC のしきい値を 2,000 ドルに引き上げ、中小企業と労働者の書類作成負担を軽減
  • 200 万の家族経営農場に対する相続税免除倍増し、恒久化
  • 今後 10 年間で 1,000 億ドル超の新規投資を促進すべく、オポチュニティゾーンプログラムを更新し、農村部の困窮コミュニティを強化
  • 短期実質国内総生産(GDP)で3~3.8%、長期実質GDPで2.6~3.2%の上昇を推定
  • 米国の製造業者による2,840億ドルの新たな経済成長
  • 米国の労働者に600万人の雇用を確保

アメリカを再び勝利に導く

  • 大企業やその他の免税団体で運営されている、意識の高いエリート大学に責任を負わせ、税法を通じて提供される寛大な利益のこれ以上の乱用を阻止
  • 大学基金税を増額し、多額の基金には法人税率を課す
  • 従業員にヘッジファンド並みの巨額給料を払っている大規模非営利団体への税金を増額
  • バイデン政権下で富裕層、大企業、中国に対して実施された5,000億ドルの減税措置と特別利益団体への優遇措置を廃止
  • 億万長者のスポーツチームオーナーに対する特別利益税控除を廃止
  • 税額控除や控除を申請する個人に社会保障番号を義務付け、オバマケアの保険料税額控除やメディケアの不法移民の資格を廃止し、不法移民から米国外への送金に新たな手数料を適用することで、納税者の​​利益が不法移民に渡ることを防止

一方、マスクのテスラ社に影響を与える「グリーンエネルギー補助金削減」などは、ホワイトハウスのサイト「50 Wins in the One Big Beautiful Bill」に記載されている。「12.」の「グリーン・ニュー・スカム(sum)」は、ニューサム・カリフォルニア州知事の気候変動原理主義に対するトランプ一流の揶揄だ。

  1. この法案は、数千億ドル規模のグリーン・ニュー・スカム税額控除を廃止する。これにより、中国への税額控除の流入が即時に停止され、納税者は毎年5,000億ドル以上を節約できる
  2. この法案は、過激な環境活動家らが米国のエネルギー基準を設定することを可能にした電気自動車の義務化を覆すもの
  3. これにより、バイデン大統領による米国のエネルギー戦争は終結する。この法案は、連邦政府の土地と水域を石油、ガス、石炭、地熱、鉱物資源のリースに開放することで、米国のエネルギー優位性をついに解き放つ
  4. これにより、面倒な許可手続きが簡素化され、米国は建設を再開できる
  5. 米国のエネルギー安全保障を守るために戦略石油備蓄を補充する
  6. この法案は、民主党のいわゆる「インフレ抑制法」に含まれるあらゆる「グリーン」企業福祉補助金を廃止し、撤回する

さて、法案を酷評したことで、先週まで民主党から目の敵にされていたイーロン・マスクは、民主党から「奇妙な尊敬を受け」、上下両院のトップ、チャックシューマーとハキーム・ジェフリーズが「大きな美しい法案は中流階級に対する大きな美しい裏切り」であり、「イーロン・マスクに同意する」とすら声明している(5日の『FoxNews』)。

この『Fox』の番組のインタビューで共和党のジョン・スーン上院院内総務は、法案の批判者が17年のトランプ減税と雇用増加による経済成長、そしてそれによる歳入増加を過小評価したとし、こう述べた。

米国民と中小企業の税金を減らすと、より多くの投資をしようというインセンティブが生まれる。より多くの人々に投資すれば、より高給の仕事が生まれ、人々はお金を稼ぎ、実現していく。彼らはより多くの税金を払う。つまり税収が上がるということ。

この法案には、政策のすべてが実施されたときに何が起こるかを正確に反映していない多くの分析が行われている。法案の支出削減は史上最大で、これについては疑いの余地はない。これによって莫大な節約が実現される予定であり、私たちは上院でそれを強化したいと考えている。

が、下院が1票差だった以上に、上院での通過には難関があるようだ。造反が予想される一部の共和党議員が問題視しているのは、「メディケイド」(約8000万人の低所得者の医療に関する連邦と州の共同プログラム)の支出削減に関連する項目である。

支出削減項目には、①「制度を悪用している140万人の不法移民への給付停止」、②「バイデン政権が義務付けた、性転換手術をメディケイドでカバーする規定の廃止」、③「死亡者のプログラムからの除外」、④「遡及適用を加入前の3か月から1か月に短縮」、⑤「州のメディケイドプログラムにおける連邦政府の費用負担増の停止」がある。

共和党上院の有力議員であるロン・ジョンソン、ランド・ポール、ジョシュ・ホーリーらは、①~③を容認なのは当然として、④~⑤は支出を減らすべきでないとしつつ、ロン・ジョンソンなどは全体として歳出が過剰であると述べている。

また、超党派の議会予算局(CBO)の初期推計は、この法案が成立した場合、1030万人がメディケイド適用を失うことになり、その多くは共和党支持の州であるとしている。共和党は、メディケイド改革での歳出削減によって、数千億ドル規模の減税財源を確保しようとしているので、スーン院内総務やマイク・クラポ財務委員長は難しい舵取りを迫られそうである。

ひとつのポイントはスーン上院院内総務が『Fox』で述べた、「減税と雇用増加による経済成長とそれによる歳入増加」にあるように思われる。無茶とも思えるトランプ関税の狙いも、「減税原資の確保」と「製造業復活による雇用増」、延いてはそれによる「財政・貿易赤字の削減」にある。

増税一本鎗の財務省に篭絡された石破政権の減税峻拒の姿勢を見るにつけ、筆者は、大幅減税によって喚起される国民の活力に賭け、「MAGA」の実現を目指すトランプの「大きく美しい法案」の上院通過を願わずにはいられない。

なお、テスラ株の下落により5日一日だけでマスクの純資産が255億ドル(約3兆7000億円)減少し、3890億ドル(約55兆8000億円)になったそうだ。この額はトランプの純資産55億ドル(約7900億円)の4.6倍に当たるらしいが、マスクに同情する声は多くはなかろう。