トランプは関税政策にも「常識」を働かせよ

「常識」について小林秀雄がこう書いている(新潮社版『小林秀雄全集』第九巻「私の人生観」195頁)。

実際、自由主義と言い、民主主義と言い、どうやら風の吹きまわしで、はやっているに過ぎない様に思われる。(中略)常識は、何事によらず、行過ぎというものを好まない、ただそれだけの事に過ぎないのかも知れない。

・・キリストは「狭き門」という言葉を使ったが、自由主義も民主主義も、「狭き門」である事に変わりはないのである。面倒な言説を弄せず、常識的に考えてみる方がよいのだ。(中略)自己は、いくら主張してもいいが、うぬぼれるな。狂信的になるな。他人の、いや敵の自己主張も尊重しろ。

いま米国でトランプの「常識革命」の嵐が吹き荒れている。彼が就任直後に発した数多の大統領令で、オバマの1次・2次・3次(=バイデン)政権の12年間を根こそぎ否定したのを「行過ぎ」とする向きも多い。米国のオールドメディアをただ翻訳して報じる日本メディアもその口だ。

トランプの「常識革命」とバイデンの「予防恩赦」
トランプ大統領の就任式が現地時間の1月20日、ワシントンDCのホワイトハウスで行われた。2時間余りの式はトランプによる約30分間の演説で締め括られた。その冒頭10分辺りで、彼は「常識革命(revolution of common sense...

が、筆者の目には民主党政権の「行過ぎ」をトランプが元に戻していると映る。不法移民の野放し、気候変動原理主義、DEIに名を借りたマジョリティ差別、ポリコレ・キャンセルカルチャーの跋扈、膨大な財政支出、司法の武器化など、その「行過ぎ」を挙げれば切りがない。トランプの「常識」が「行過ぎ」に見えるのはそのせいだ。

トランプの「常識革命」は古き良き米国への回帰であると筆者は思う。共和党「Grand Old Party(GOP)」の使命、と考えてのことだろう。その象徴が、トランプが第一次政権末期に設置した「1776委員会」だ。バイデンが就任時に廃止したが、トランプが25年1月に復活させた。

トランプの「1776委員会」は米国社会の分断に終止符を打てるか
1776年7月4日の米国独立宣言は、前文で「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と述べている。 天才学者小室直樹は「悪の民主主義―...

「常識革命」の眼目の一つが製造業の復活だ。ラストベルトに生まれ育ったJDヴァンスを副大統領に据えたことにその意思が垣間見えるし、「USスチール」のマジョリティに拘る理由もそこにある。が、それの手段として「関税」という怪物を、中国のみならず世界中に解き放ってしまったのは「行過ぎ」である。

今や『Fox』を抑えてトランプ押しメディアの雄になった『Newsmax』から、昨日(4/18)こんなNewsletterが配信されて来た。

警告:関税は忘れてください…これが米国経済を破壊するでしょう

心配するアメリカ人の皆様へ

先週、トランプ大統領は中国製品に驚くべき125%の輸入関税を課した。この動きは中国が米国製品に84%の関税を課したことに対する反応だが、トランプ大統領は中国の操作的な戦術に屈するつもりはない。トランプ大統領は、アメリカが公正な国際貿易を実現できるよう尽力している。

しかし、水面下では中国が静かに動き、アメリカを圧倒しかねない事態を引き起こしている。

2024年の中国の貿易額は、米国とはわずか6,883億ドルにとどまるが、ASEANとは9,823億ドル、EUとは7,858億ドル、BRICS諸国とは1兆ドルを超えている。そして、中国はラテンアメリカ、ロシア、中東への影響力と経済範囲を拡大するために2013年に開始した一帯一路構想に1兆7500億ドルを投資しており、それを実行するためのサプライチェーンは整っている。

さらに悪いことに、中国は3兆ドル以上の商品を世界各国に輸出している。つまり、中国が米国以外の国への輸出を年間わずか8.5%増加させるだけで、わずか2年で米国の貿易をすべて代替できる可能性があるのです。(中略)

中国は急速に方向転換している。そしてそれは我々に向かっているわけではない。もし北京が米国を排除すれば、世界通貨としての米ドルの力を失うことになるかもしれない。それはかつてトランプ氏が警告したように「世界大戦に負ける」ような動きとなるだろう。

ところで、トランプも怪物が一瞬にして市場を大暴落させたのは想定外だったようだ。即座にベッセント財務長官の進言を入れ、中国を除く各国との交渉期間90日を設けたことがそれを物語る。シレっと修正をするそうした柔軟さもまたトランプたる所以である。

米側閣僚との会議を控えた赤沢特使を執務室に招き入れ、50分間遣り取りをしたのも修正路線の表れだろう。筆者には、中国以外の諸国にも大きく振り上げてしまった拳を早く降ろしたい、とトランプが考え始めているように見える。ASEANやEUやBRICSを敵に回しては拙いと。

トランプ大統領と面会した赤澤経済再生担当大臣 内閣官房Xより

対日交渉が「最優先だ」と述べて、早期妥結を目指す意向を示した。が、翌日のメローニ伊首相との会談後は、「我々は急いでいない」とし、「貿易協定は100%成立する」「彼らはそれを強く望んでいる。私はそれを十分期待している。それはフェアなディール協定となるだろう」とも述べた。が、どうフェアなのかを明らかにしないのは予防線を張ったのである。

こうしたトランプの心境を忖度し、『Newsmax』が指摘する米国の対中政策の弱点を是正しようとするなら、日本を含めた各国は、中国以外の諸国への関税を一律10%の範囲に抑えるべく、トランプが振り上げた拳を降ろし易いような提案をするべきだし、トランプもそれを受け入れるべきだ。

そこで日本が採るべき最も重要な対応策は何かといえば、拙稿「トランプ関税:この90日間に日本が採るべき政策」で述べた1)コメの輸入拡大、2)石油・天然ガスの輸入拡大、3)武器の輸入拡大、4)自動車の輸出戦略の4項目のうちの3)になる。

1)と2)は日本の国益にも直ぐに反映される短期的対応だから、即座に実施すれば良い。3)の「核付き原潜」は中長期の政策になるが、米国の対中政策の弱点を極めて強く補完し得る。その核心は、23年11月に麻生副総裁(当時)が提唱した「JAUKUS」構想の推進だ。

麻生氏はキャンベラでの講演で「中国の長期的目標は海軍力で第2列島線を支配することだ」とし、これを防げなければ米海軍の活動が抑え込まれるとの危機感を示した。その上で、米英豪の「AUKUS」に日本を加えた「JAUKUS」により、豪州が「AUKUS」で進める潜水艦部隊の強化に「日本は大いに貢献できる」と指摘した。

豪州の原潜構想については筆者も21年9月の拙稿「仏vs米豪の潜水艦騒動:原潜保有国は全て核兵器保有国」で触れた。が、弱体化しつつある米国の造船業のせいで、豪州への納入が大幅に遅れている状況を24年11月、韓国の左派紙『ハンギョレ』が「『世界最強』誇った米国の造船業と海軍が崩れる…韓国にはチャンス」と題し、詳しく伝えている。

仏vs米豪の潜水艦騒動:原潜保有国は全て核兵器保有国
米英豪3国は16日、軍事関連の自動化や人工知能、量子技術などの共有を目的とする「AUKUS」の結成を公表した。豪州はその機にフランスからの潜水艦導入契約を破棄し、米国から原潜を導入する旨を表明した。これにフランスは激怒して米豪両国の大使を召...

トランプは大統領選の帰趨が見えた24年11月7日、尹錫悦韓国大統領と電話会談を行った。話題は造船業だった。トランプは「韓国の世界的な軍艦と船舶建造能力はよく知られており、船舶輸出だけでなくMRO(維持・補修・整備)分野でも韓国と緊密に協力する必要がある」と述べた。

『ハンギョレ』はトランプが強調した「協力」には「修理」と「造船所買収」があるとし、外国の造船所で艦艇の建造を禁止している「バーンズ・トリプソン修正法」に触れている。同法が改正されない限り、韓国や日本など外国の造船所が米海軍の船を作ることはできないからだ。

同紙は、「修理」については例外条項を設けているため、一部可能だとし、在外米軍艦を韓国や日本などの同盟国の造船所で修理し、これらの国の企業が米国の造船所を買収して米国の造船業の生産性を引き上げることが期待されているとする。実際、日本の横須賀基地では従前から第七艦隊の艦船修理を行っている。

赤沢大臣との会談でトランプが安保の話題を持ち出したことを、日本側は想定外だったとした。かつて麻生氏が提案した「JAUKUS」構想や『ハンギョレ』が書いているトランプと尹の電話会談のことを忘れたか、或いは知らないのだろうか。まったく情けない政権である。

そこで「AUKUS」と「JAUKUS」だが、この同盟の核心は原潜である。現状の原潜保有国、即ち、米・英・仏・露・中・印・イスラエル・パキスタンは須らく核保有国である。つまり原潜=核ミサイルなのだ。豪が「AUKUS」のために原潜の購入先を仏から米に切り替えたのも、秘密裏に核ミサイルを搭載するからだ、と考えられよう。

だが「CSBA」(Center for Strategic and Budgetary Assessments)の報告に拠れば、米国には「ジェネラル・ダイナミクス・エレクトリック・ボート(GDEB)」と「ハンティントン・インガルス・インダストリーズ・ニューポート・ニューズ社(HII-NN)」にしか原潜は建造できない。だから「韓国にはチャンス」と『ハンギョレ』が書いているのだ。

翻って、日本の通常型潜水艦の技術は世界一だ。その技術を持つ三菱重工なり川崎重工が米国に造船所を作り、米国と連携して原潜を造ったらどうかというのが、拙稿「トランプ関税:この90日間に日本が採るべき政策」3)武器の輸入拡大で述べた「核付き原潜」提案の肝である。

こうした計画の実現には最低でも5年、長ければ10年は掛かる。が、「うぬぼれるな。狂信的になるな。他人の、いや敵の自己主張も尊重しろ」というべき「行過ぎ」た中国の横暴を、これ以上許すまじという日米の国益に必ずや資する。これを理由に拳を降ろすなら、米国民もそうしたトランプをきっと受け入れる。

※前拙稿「トランプ関税:この90日間に日本が採るべき政策」で、自動車(及び鉄・アルミ)の追加関税を24%としましたが、正しくは25%です。事例の再計算は省きますが、1%分影響が大きくなるとご承知ください。