社会保障の中でも、年金はわかりやすい。今回の年金流用法案は、立民党がどう言い訳しても、子供の世代からの収奪であることは明らかだ。
いつまで詐欺的な話をしてるんだ。その増える分の70兆円は、将来世代が税で「国庫負担」するんだよ。
つまりこれは「親の年金を子供の増税でまかなう」世代間格差の拡大なのだ。 https://t.co/J3IuK6JLUX pic.twitter.com/NfLU0L0Hnb— 池田信夫 (@ikedanob) June 18, 2025
年金債務の推定もむずかしくない。個人が積み立てた場合に比べると純債務ベースで1100兆円というのが、2019年の財政検証の試算である。これを是正する提案も昔から出ており、アゴラでも13年前に河野太郎氏の提案を紹介した。
田中角栄の「福祉元年」
ところが医療は制度がきわめて複雑でアドホックにできており、なぜこんな不合理な制度設計になっているのかわからないものが多い。その最たるものが老人医療である。今も後期高齢者の窓口負担は9割引、前期高齢者は8割引で、健保組合などから毎年10兆円の「仕送り」がおこなわれている。
その原因は田中角栄の始めた老人医療の無料化で、これは武見厚労省が「間違いだった」と国会で認めた。この背景には、1960年代に革新自治体が自民党政権を脅かし始めた政治状況があった。1969年に東京都の美濃部知事が70歳以上の老人医療を無料化すると決め、全国の自治体で無料化が広がった。
それに対して自民党政権も佐藤栄作が無料化を決め、田中内閣が実施した。田中角栄首相は1973年を「福祉元年」と名づけ、革新自治体に対抗してバラマキをおこなった。
老人医療無料化を終わらせた「健保組合の反乱」
この影響は大きく、その後外来は毎月400円、入院は1日300円という名目的な自己負担が決まったものの、2002年の健康保険法改正で1割負担になるまで30年間、実質的に無料だった。
その負担は健康保険組合や市町村の国民健保の赤字の原因になり、1999年にサンリオの健保組合が厚生省に不服申し立てをした。健保連も「国保の赤字を健保組合に転嫁するものだ」として老健拠出金不払い運動を起こし、健保組合の97%が1999年5月納付分の拠出を(延滞利息のつくまで)延期した。
こうした圧力もあって2002年に見直しが行われたが、その後も老人医療は原則1割負担だった。その後も負担の分配を明確にして公費負担を抑制すべきだという意見が強く、2008年に後期高齢者医療制度ができた。
これについては当時「後期高齢者という名前は差別的だ」とか「高齢者の負担が増える」と反対論が強く、民主党はこれに反対するマニフェストを掲げて政権を取ったが、長妻厚労相は官僚に追い出された。
「国民皆保険」は維持できるのか
このように老人医療が問題を起こす原因は、国民皆保険という制度に矛盾があるからだ。保険は(火災保険でも生命保険でも)個人がリスクに応じて加入するもので、保険料は被保険者が選ぶ。
健康保険は企業の労働者を対象とするもので、自営業者を想定していなかった。国民年金も国民健保も、岸信介が自民党の集票基盤だった農村と自営業者に支持を広げるためにつくったものだ。
賦課方式の医療保険は、基本的に税金である。アメリカでは、社会保険料は給与税(payroll tax)と呼ばれる。健康保険を任意加入にするとハイリスクの被保険者ばかりになるので、強制加入には合理性があるが、リスク負担を一律にするのは不合理である。
このように国民皆保険には矛盾があるが、それが超高齢化で顕在化した。今の後期高齢者は、現役のときほとんど保険料を払っておらず、企業と雇用関係もないので、本来は自分で保険料を払わないといけない。
ところが後期高齢者医療制度の保険料は、給付の1割にも満たない。あとの半分が公費、他の半分が健保組合からの支援金という異常な状態である。この奉加帳方式のおかげで健保組合の8割は赤字になり、解散する組合が多い。

9割引の「過剰医療」が日本経済を滅ぼす
被保険者がほとんど負担しない後期高齢者医療は、実質的には国営なのだから、すべて税で負担するのが筋だが、その財源がないので源泉徴収で捕捉率100%のサラリーマンに負担が集中する。このような暗黙の債務は年金・医療・介護を合計して約1600兆円というのが鈴木亘氏の計算である。
この問題を根本的に解決するのは困難だが、最終的には国民皆保険という原則をやめる必要がある。生命にかかわる医療は公費負担の1階建てとし、2階部分は民間の医療保険に強制加入とするオランダ方式がいいのではないか。
いま医療・福祉・介護に従事する人口は約900万人で、2040年には1000万人に増え、製造業を上回る日本最大の産業になるが、生産性はきわめて低く、現場の士気も最低である。9割引の過剰医療で、無意味な医療・介護が多すぎるからだ。
7月4日から始まるアゴラセミナー「人生100年時代:超高齢社会の制度と生き方」では、このような社会保障の問題だけではなく、長すぎる老後を高齢者がどう生きるかという問題も考えたい。







