AIに負けない働き方は「高浜虚子」である。

教養動画サービス・テンミニッツTVにて、新しい講義の配信が始まりました! ずばり、タイトルは「AI時代に甦る文芸評論 江藤淳と加藤典洋」。

江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事 - 與那覇潤 | 教養動画メディア『テンミニッツTV』
昨今、生成AIに代表されるようにAIの進化が目覚ましく、「AIに代わられる仕事、代わられない仕事」といったテーマが巷で非常に話題となっている。では、AIに代わられない事とは何であろうか。そこで、『江藤淳と加藤典洋』(文藝春秋)を上梓した與那覇氏が、戦後日本を代表する文芸評論家である両者の紹介とともに「文芸評論」という仕...

先日はヴァンス副大統領ら、トランプ周辺の反知性主義を理解するために「夏目漱石を読もう」とお話しさせていただいたのですが、今回はむしろイーロン・マスク対策。これはもう今日の世界を生きる上で、見ないことはあり得ないレベルに必聴の授業ですよね(笑)。

トランプとヴァンスを予見した夏目漱石|與那覇潤の論説Bistro
お世話になってきた教養動画サービス「テンミニッツTV」にて、3/2から新しい講義の配信が始まりました! 今回の番組タイトルは、反知性主義の時代に「いま夏目漱石の前期三部作を読む」。 修善寺の大患…反知性主義の時代に夏目漱石を読み直す意味 | 與那覇潤 | テンミニッツTV 評論家 與那覇潤/反知性主義が跋扈...

いま増刷中の新刊『江藤淳と加藤典洋』のPRも兼ねつつ、同書には収めなかったふたりの業績を通じて、AI時代に求められる「ほんとうの知性」を考える内容です。なので、Wで触れていただいても、損しません。約束します。

うち加藤さんの事績を扱う部分は、5月に頭出ししたことがありますので、今回は「AI時代の江藤淳」について、講義で採り上げるテキストとともに、中身をチラ見せしましょう。

とりあえずビールをやめて、村上春樹は世界的な作家になった。|與那覇潤の論説Bistro
平成の後半、村上春樹さんが「ノーベル文学賞を獲るかも?」と報じられ出したとき、一定の年齢以上の人はびっくりしたと思う。1980年代から人気は絶大でも、イマドキのファッション(とSEX)の描写で売れてるだけのチャラい作家、みたいな偏見が、ずっと強かったからだ。 「両村上」と呼ばれ、始終ライバルのように比較されたのは村上...

江藤淳が最も愛した日本の作家は、むろん夏目漱石ですが、同じくらい好きだった人に、俳人の高浜虚子がいます。正岡子規の後継者で、そもそも漱石が最初の小説『吾輩は猫である』を載せたのも、1897年から子規・虚子が始めた文芸誌『ホトトギス』の誌上でした(1905年)。

それで、江藤は自分のベストと認める評論「リアリズムの源流」(1971年)に、1904年に虚子が書いた「写生趣味と空想趣味」という論考を、絶賛しつつ引用します。虚子が、師である子規との口論を記録した文章ですが、書かれている事件は1895年頃のエピソード。

子規と虚子が茶店で休息中、夕暮れ時に夕顔の花が咲くのが目に入った。それをどう俳句に詠むべきかで、ふたりの意見が食い違います。

通行の字体に改めつつ、別の記事でもご紹介した「リアリズムの源流」から、重引で抄録すると、

トランプの爆走を生んだ「歴史の変化」が見えない人びと 「ニセモノ」の解説に騙されないために、いまこそ「江藤淳」を読み直そう(與那覇潤)(2ページ目) | デイリー新潮
「起きないはず」の出来事ばかりが「起こる」世界。トランプ再登板や極右の台頭、その前はウクライナ戦争やコロナ禍……対応をまちがえた専門家は、「ニセモノ」の議論でごまかしを続ける。…

その時子規子の説に、「夕顔の花というものの感じは今までは源氏その他から来ておる歴史的の感じのみであって、俳句を作る場合にも空想的の句のみを作っておった。今親しくこの夕顔の花を見ると以前の空想的の感じは全く消え去りて、新たらしい写生的の趣味が独り頭を支配するようになる」と。
(中 略)
そこで余は大に子規子に反対せずにはおられなかった。それは、夕顔の花そのものに対する空想的の感じを一掃し去るという事は、せっかく古人がこの花に対して附与してくれた種々の趣味ある連想を破却するもので、たとえて見ると名所旧蹟等から空想的の感じを除き去るのと同じようなものである。

名所旧蹟は一半の美はその山水即ち写生的趣味の上にあるが、一半の美は歴史的連想即ち空想的趣味の上にある。……全く空想的趣味を除き去るという事は花の一半の美を削ぎ去るもので、また名所旧蹟から歴史的連想を除去するのと何の異るところもない、というような事を繰りかえして論じた。

しかし子規子の結論はこうであった。「それは仕方がない。写生趣味の上に立脚する以上は、自然の結果として空想趣味を排斥せねばならぬようになる。一方では甚だ殺風景な感じがするが、その代り一方ではまだ古人の知らぬ新たらしい趣味を見出す事が出来るではないか。」しかし当時、余はこの論にどこまでも不平であった。

江藤淳『リアリズムの源流』28-9頁
強調と段落を改めたほか、
一部漢字をかなに開き、句読点を付与

師匠の子規は、自然科学のように「客観的」に見たものを写しとるのが写生であって、夕顔の花を見た際に「あぁ、『源氏物語』の夕顔を連想するなぁ」といった人文的な教養はこの際捨てろ、と言っている。そうすることで初めて、新しい時代にふさわしい表現が生まれる、というわけ。

対して虚子は、先生はまちがっている、歴史的な遺跡では風景のみでなく、過去にそこで起きた物事も含めて味わうように、人間として夕顔の花を見たときに自ずと湧く主観的な連想を捨てたら、俳句の表現は貧しくなる、と反論する。

まさに、人間でなくAIに観察させた方が「ファクトベースで公平な結論が出るんじゃないすかぁ?」と、いやいや、そんなうまく行くはずないだろ。これまで大事にしてきた価値観を失って、ふつうの人にとっては生きづらい社会になるだけだ、な今日の議論と同じですよね。構図としては。

「国家の人格分裂」を治癒するために、政治にこそ文学が必要である。|與那覇潤の論説Bistro
発売から約1か月で、『江藤淳と加藤典洋』の増刷が決まった。江藤や加藤の名前を知らない人も増えたいま、まさにみなさんに支えていただいての快挙で、改めてありがとうございます。 このnoteで初めて告知を出したときから、ぼくは一貫して、社会の分断を乗り越えるための本だと書いてきた。江藤と加藤のどちらも、80年前の敗戦の受...

で、子規は「そんな犠牲はやむを得ない。俺たちは過去の常識に囚われないNew Normalに進むんだ!」と、AI加速主義みたいな答えを虚子に返したわけですが、江藤はこれを評していわく、

子規はいうまでもなく、偶像破壊的な革新家として極論しようとしていた。これに対して虚子は、この偶像破壊的革新家の、イデオローグとしての一面を衝いたのである。

同書、30頁

はい。そういうことです。俺は客観に徹して「空想を排している!」と主張する人ほど、人間が完全な客観に立てるとする空想に溺れていて、まぁ子規の場合はイデオローグとして「わかった上で」やってたんですけど、それをベタに信じちゃうと痛い目を見るわけです。

こちらの記事以来の登場。
信じたら大変なことになります

実は私、安直なAI未来主義を批判する上で、1950年に三島由紀夫が書いた『青の時代』をヒントにしたことがあります(『危機のいま古典をよむ』にも再録)。……なんだけど江藤さんの場合は、そこからさらに半世紀前の明治の挿話から、いまを考える手がかりになることを、抜粋して書き残しちゃうんだから、すごいですよね。

「太陽光発電」「AI」への礼賛はなぜ生まれた? 「未来はこうなる」という主張に振り回される人々(全文) | デイリー新潮
「自然エネルギー」は未来を照らす“太陽”ではなかった――。原発事故以降、勃興した「エコロジー」を正義とする時代が終焉を迎えつつある。…

ここに、AI時代こそ必要になる「本物の人文知」があります。逆に、俺も研究にIT使ってるとか、AIで昔の写真に色塗ってもらえばレキシガクも最先端に絡める! みたいなニセモノの人文知は、誰も必要としません(笑)。

ホンモノの人文学は、時代の潮流を根底から疑うことで輝く。ニセモノの人文学は、折々のバズワードをつなげるだけだから、今後は生成AIに代わってもらえば、リストラで別にいい。

なぜ人文学者は、遠からずChatGPTに置き換わるのか|Yonaha Jun
これまでもお世話になってきた『表現者クライテリオン』誌(隔月刊)で、連載「在野の「知」を歩く」を始めることになりました。今月刊の5月号での第1回ゲストは、批評家の綿野恵太さん。以前ご案内した2月の対談イベントを基にしつつ、大幅に増補した内容になっています。 「在官」すなわち大学のアカデミズムと、一般の読者の印象・感想...

江藤と加藤という、戦後の文芸評論の頂点ふたりの知恵から、生成AIが大流行のいまを生き延びるモデルが見つかる。そんな最も「アクチュアル」な講義が、多くの方に届きますなら幸いです!

参考記事:

與那覇潤 の講義動画一覧 | テンミニッツTV
『「甘え」の構造』と現代日本のテーマを解...
タテ社会の人間関係はいま: 人類学と日本史の対話|Yonaha Jun
教養動画サービス「テンミニッツTV」(10MTV)で、呉座勇一さんとの対談番組の配信が始まりました! 初回のお試し視聴は以下から(今後、毎週木曜に続く回が追加され、全8回予定です)。 誤読された『タテ社会の人間関係』、日本社会の本質に迫る | 與那覇潤 | テンミニッツTV 評論家 與那覇潤/『タテ社会の人...
資料室: フォニイ(贋物)な著作はいかにして書かれるか?―小谷野敦氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
前回の記事でご報告したとおり、先週いよいよ『江藤淳と加藤典洋』が発売になった。ありがたいことに、版元違いのデイリー新潮も5/17に、タイアップでぼくの寄稿を載せてくれている。 トランプの爆走を生んだ「歴史の変化」が見えない人びと 「ニセモノ」の解説に騙されないために、いまこそ「江藤淳」を読み直そう(與那覇潤)(...

(ヘッダーはこちらの素材集から。文豪ぞろいで素敵です)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年6月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。