未活用労働力の活用による日本経済の再生 --- 間瀬 茂

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2023年度の日本の一人当たり労働生産性(就業者一人当たり付加価値、購買力平価換算)はOECD加盟38カ国中32位であり、米国の55%、OECD平均の74%にとどまった(日本生産性本部『労働生産性の国際比較2024』)。

一方、日本の雇用状況は表面的には安定している。2024年の平均失業率は2.5%と世界最低水準、就業者数も6781万人と過去最高を記録した。しかし、平均賃金はこの30年間ほとんど上昇せず、近年の水準はOECD平均を大きく下回る。

マクロ的に見れば、日本の労働市場は「意図せざるワークシェアリング」状態にある。長引く景気低迷の中、限られた仕事を多くの人で分け合うことで雇用が維持されてきた。具体的には、パート、アルバイト、契約社員など非正規雇用の拡大がワークシェアリングの成立に寄与することとなった。労働需要に対して労働供給に余力があるため、実質賃金は上がりにくい。

最近の人手不足が実質賃金引き上げの梃子になるとの見方がある。しかし、日本の労働市場における潜在的な労働供給の大きさに鑑みると、日本経済全体での労働需給は容易に引き締まらず、実質賃金の上昇も人手不足の顕著な運輸業、建設業など一部の業種にとどまるのではないか。

一方で、労働供給に余力があるという事実は、今後の日本経済に発展の余地が大きいことを示唆する。日本の労働生産性の低さは「意図せざるワークシェアリング」に起因する部分も大きく、これが解消されれば一人当たり労働生産性は大きく向上する。

日本生産性本部のデータによれば、2023年度の就業者一人当たり名目生産性は1994年度比で11%の上昇にとどまるが、同期間で、時間当たり名目生産性は30%上昇している。この間、もしワークシェアリングがなされていなければ、一人当たり生産性も30%伸びていたはずだ。これが実現しなかったのは端的に言えば需要が不足していたからである。

仮に2023年度の就業者の就業時間が1994年度並みであれば、一人当たり生産性は実績値より約17%高くなる。一人当たり生産性は、GDPを就業者数で割ることで算定されるものであるから、GDPが17%増加すると考えてよい。2023年度の名目GDPは590兆円であったが、ワークシェアリングがなければ690兆円になっていたということだ。日本経済の未活用労働力を顕在化させれば、それだけの力を発揮できる。

足りないのは需要である。今後十分な需要を確保できれば、ワークシェアリングの解消を通じて労働供給が実質的に増加し、成長軌道への回帰が可能となる。これが日本経済再生の「第一段階」となる。

しかし、一人当たり生産性が17%上昇したとしても、日本の生産性の水準は0ECD平均の86%に過ぎない。日本の労働生産性には、まだまだ向上の余地がある。

労働生産性の本格的な上昇が始まるのは、「第一段階」を経て、労働需給が真に逼迫してからである。そうなれば、実質賃金は漸く上昇に転じ、経済は所得の増加、消費の増加、企業収益の増加、設備投資の増加という好循環に入る。その過程で、企業サイドではAIの活用、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進、イノベーション促進、従業員のスキルアップ、中小企業の協業化など生産性向上への取り組みが加速するだろう。この「第二段階」において生産性はさらに向上し、実質賃金は持続的な上昇の軌道に乗るだろう。

今後の日本経済は「トランプ関税」などの影響もあり、これまで以上の逆風にさらされる。バブル崩壊以降、経済を下支えしてきた輸出への依存は難しくなる。

今必要なことは内需拡大と「意図せざるワークシェアリング」解消を突破口とした生産性向上である。そのためには需要サイドを中心としたマクロ経済環境の整備が不可欠だ。財源は存在する。日本の労働市場に眠る未活用労働力こそが新たな「財源」となる。

間瀬 茂
元日本政策投資銀行設備投資研究所長。1973年東京大学教養学科卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。情報通信部長、関西支店長を経て、2003年設備投資研究所長(2004年退任)。経済社会全般に関心を持つ。