「気体から作るダイヤモンド」を京セラが販売する理由

関谷 信之

京セラが人工ダイヤモンドを販売する。

同社が、ファインセラミックの結晶技術を応用し、人工エメラルドの製造技術を確立したのは1975年のこと。同年、人工宝石ブランド「クレサンベール」を立ち上げ、現在は、サファイアやルビーなど12種の宝石を販売している。

これまで京セラは、エメラルドと製造方法が異なる人工ダイヤモンドは扱ってこなかった。いま、人工ダイヤモンド市場に参入するのはなぜか。考察する。

京セラウェブサイトより

気体から作るダイヤモンド

人工ダイヤモンドは、アクセサリーに使われる「ジルコニア(※ キュービックジルコニア )」などの類似石と異なり、「化学的には」ダイヤモンドと同じ物質である。

製造方法は主に2つ。一つは、天然ダイヤモンドと同じ環境で生成する方法。地底の高温・高圧を人工的に再現する「高温高圧法」である。

もう一つは、天然ダイヤモンドと全く異なるプロセスで生成する方法。「気体」からダイヤモンドを作る「化学気相蒸着法」である。現在主流なのはこちらだ。具体的なプロセスは以下の通り。

  1. 真空装置内に「種結晶」と呼ばれる小さなダイヤモンド結晶を入れる
  2. 真空装置内にメタンガスなどの気体を注入し「炭素原子」に分解する
  3. ダイヤモンドの種結晶に炭素原子を付着させ、ダイヤモンドとして成長させる

こうして生成された人工ダイヤモンドは、「炭素原子」の並び方も、宝石の輝きを決定する「屈折率」も、虹色の光を生み出す「光学分散」も、天然ダイヤモンドと同じ。よって、美しさも変わらない。不純物が混ざらないため天然ダイヤよりも輝く、とまで言われる。

23年6月に、インドのモディ首相が、アメリカのバイデン大統領(当時)婦人にプレゼントしたのは「7.5カラットの人工ダイヤモンド」である。国家元首がプレゼントとして選ぶほどの高い品質を誇るのが、現在の人工ダイヤモンドなのだ。

同成分の石を溶かして作るエメラルド

「気体から作る」人工ダイヤモンドに対して、「同成分の物質を溶かして作る」のが京セラのエメラルドである。

具体的には、エメラルドと同じ成分をもつ「ベリル原鉱石」を、1410℃以上の高温で溶かし、種結晶に付着させ、エメラルドとして成長させる、というものだ。天然エメラルドの生成環境を人工的に再現すると言う点では「高温高圧法」に類似する。

京セラの人工エメラルドも、「化学的には」天然エメラルドとほとんど同じ物質である。むしろ不純物が少なく、天然より高い色調と透明感を持つとも言われる。

このように、人工ダイヤモンドと人工エメラルドの生成過程は、大きく異なる。よって、製造面にシナジー(相乗効果)はない。人工ダイヤモンド市場において、京セラは「門外漢」なのだ。そこで、原石製造は自社で行わず、外部(インドのスターブルー社など)の石を利用する。シナジーがないにもかかわらず、人工ダイヤモンド市場に参入するのは、市場が急拡大しているからだ。

宝飾用の人工ダイヤモンド市場は、2030年には24年の2.5倍にあたる1.7兆円(118億ドル)へ、2032年には2.4兆円(163億ドル)へと、急成長が見込まれている。背景には、消費者意識の変化がある。

コスパ意識の高まり

顕著なのがコスパ(費用対効果)に対する意識の高まりだ。

「給料3ヶ月分が目安です」と喧伝されていた1970年代~2000年頃、最も多く購入されたのは、40~50万円の「0.3カラット」のダイヤモンドリングだった。小さなダイヤモンド1つをセットしただけなので「輝いて見えず」美しさに欠けると言われる。

一方、現在の(中堅メーカーの)人工ダイヤモンドなら、この金額で「2カラットのラウンドブリリアンカットリング」を購入することができる。カットされた57面から差し込んだ光が、内部で複雑に反射して、まばゆいほど輝くという。

人工ダイヤモンドの販売店は以下のように述べる。

「同じ予算で天然ダイヤより大粒の品を選べる点も、確かに人工ダイヤモンドの魅力」
(ダイヤモンド専門宝飾店「ドリームフィールズ」)

米国で3組に1組が婚約指輪に「人工ダイヤ」を選ぶ理由、3~5割安の価格以外にも… | 消費インサイド | ダイヤモンド・オンライン

「天然と同じ素性で安く楽しめるのなら、否定する必要はない」
「(人工ダイヤモンドに対して)ネガティブな印象は全くない」
(ラボグロウンジュエリー「エネイ(ENEY)」)

日本でどうなる合成ダイヤモンド市場 「エネイ」の事業課長に聞くラボグロウン市場の現状と行方 – WWDJAPAN

環境に対する意識も高まっている。

大量の水の消費による土壌荒廃や、子どもを採掘に従事させる労働環境などの問題が知られるようになった。エマ・ワトソンやカミラ・メンデスら環境意識の高いセレブリティたちが、公の場に人工ダイヤモンドを付けて現れ、アピールするようになってきた。

費用対効果や環境に対する意識の高まりが、消費行動を変容させつつある。

もっとも、人工ダイヤモンドは、希少性が低いため、投資には向かない。天然ダイヤの買い取りを行っている大黒屋は「天然と断定できない時は買い取りを断る」という。

市場価格ではなく、どのようなものに「価値」を見出すか。今後の市場の伸びは、消費者の価値観にかかっている。

京セラのヴィジョン

「宝石本来の魅力とは、人に夢を与え、心を豊かにすること。それが今、忘れられつつあるのではないか」

クレサンベールの誕生|宝飾品・アクセサリー | 京セラ

京セラ創業者稲盛氏のヴィジョンと、消費者の意識がマッチする時代はやってくるだろうか。日本での人工ダイヤモンドの普及率は1~2%。まだまだ伸びしろがある。

京セラウェブサイトより

【参考】