カナダの話で申し訳ないですが、大学生のレベルが下がっているという教育現場からの声を耳にしました。カナダ政府は留学生から就労者まで外国人の流入を絞る政策を昨年、突然打ち出しました。もともとカナダは外国人あっての経済成長を具現化してきた国だけに外国人流入の減少=国内経済の低迷になるのは目に見えていたのですが、移民政策においてインド人が増えすぎて様々な問題が起きたことなどバランス問題が生じたことが外国人流入の絞り込みのそもそもも発端だったと理解しています。
問題は学生が減った大学です。大学にもいろいろあり、留学生を積極的に受け入れていた大学は学生の急減で経営ピンチとなるところもあるとされるし、主要大学でも大学の先生や職員の人材カットが進んでいます。大学経営側が先生に求めるのはクラスの登録学生数の増加であり、何が何でも学生を増やせ、という指示を受けているそうです。
そのため、一部の先生はオンラインクラスを積極的に取り入れることで学生の「受け狙い」をしています。確かにオンラインクラスだと登録学生数が5割から10割増しになるそうで先生は安堵するらしいのですが、学業のレベルが極端に落ち始めている兆候があるとされています。当然、試験も甘く、以前ほど労せずして大学を卒業できるようです。カナダの大学も日本の大学にみられるように就職への通過点的な立ち位置となるのでしょうか?
そのカナダの大学で学業を全うするも卒業後は全くの白紙。つまり日本のように会社が手招きするようなことはほぼないため、「大学を出ても…」という状況が続出です。以前中国の若者の失業率が話題になりましたが、アメリカを含め、大学卒=良い仕事ゲット=高収入、安定収入というシナリオがあるのは日本ぐらいでしょう。卒業後、バイトなどを転々としながら自分のスキルや目指す方向を決め、時として資格を取得し、ようやくまともで安定した職にありつけるのは30歳も見えてきた頃となれば日本の学生は本当に恵まれていると思います。
その日本の若者は親のしつけや学校のコンプラで「怒られたことがない」ために社会に出て様々なプレッシャーにおののき、ストレスを溜める人も多く、精神科にかかる人が増えているという話は以前させていただきました。
汗をかく=苦労をすることは「昭和のおっさんの思い込み」と指摘を受けます。私も最近はあまり言わないようにしているというか諦めました。時折食らいつくタイプの猛者にも出会いますが、非常にまれ。その一方で要領よく年収1000万円以上平気で稼ぎ出す20代の人がいるようですから私が何か語っても無意味なのだと思っています。
若者と話していて「これ知っているか?」と話題を振ると即座にスマホで検索し、「あー、なるほど。こういうことですね」と即座に分かった気になったような返事が返ってきます。もちろん彼らはわかっちゃいないのですが、見たことでわかった気になっています。特に画像系で印象を頭に焼き付ける感じでしょうか?いわゆる深堀は一切なし。だけどそんなのお構いなし。なぜなら若者同士、誰も深堀しておらず、表面の会話で終わっているからでしょう。
初めて行くレストランでも下調べをしたのかメニューを見ながらウンチクいっぱいで「この店ではこれを頼まなきゃ」。確かに外すことなく、なるほど旨いわけです。要領がよく1000円で得られる満足度を最大限に引き上げていると言えましょう。
街中でよく見かけるようになったChocoZAP。隙間時間にエクササイズ。スーツのままでちょっとウォーキング。これで今日も健康に良いことをした気になれるわけです。
多分、社会全体が楽な方にどんどん流れており、自分に精神的、肉体的に負荷をかけることを避ける傾向はより強まるのでしょう。ある記事にインドではジーンズのジッパーが良く壊れるそうでジッパーだけを修理するところがあるそうです。日本ならそんなジーンズ、即廃棄でしょう。豊かになったのですが、私はそれが真の豊かさなのかはわかりません。
もちろん、彼ら彼女ら若い世代の時代ですからそれぞれの人生があるのだと思います。ですが、地球儀ベースで見れば先進国だけではなく後ろから迫ってくるグループがひしめき合っています。いつかは追い付かれるのかもしれませんが、「だから何?」と競争意識が欠落する社会が生まれ、「自分がいかに楽をするか」といった「自分社会」の人生哲学が多くの人のマインドを占拠しているのでしょう。これを「よかったね」というべきか、「まじー?」というべきか、あるいはその反応すら示す意味がないのか、大きな過渡期にある気がします。
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では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年7月23日の記事より転載させていただきました。






