広島原爆慰霊碑の碑文とポピュリスト歴史認識論争

kontrastDesign

戦後80周年の節目となった今年の8月6日は、日本被爆者団体協議会がノーベル平和賞を受賞後では初めての原爆忌であった。例年以上に国際的な注目も集まっていたと思われる。

そんな折、広島平和記念公園の中央に位置する原爆慰霊碑の碑文が、あらためて話題になった。これについて思想的な議論があるのは、仕方のないことだ。しかし、日本人の間で碑文について史実について理解が進んでいないのは、非常に残念なことだ。

私がすでに別途「The Letter」に書いたように、碑文については「広島平和記念都市建設法」の歴史と深く結びつき、広島の復興の思想を象徴するものだ。

広島原爆慰霊碑の碑文について
戦後80年の節目となる2024年の広島原爆忌には国際的関心が集まり、訪問者数も過去最多を記録した。慰霊碑の碑文「過ちは繰返しませぬから」をめぐる論争は今も続き、主語に関する誤解も多い。だが、この碑文は広島市長・濱井信三の理念に基づく「平和記念都市」構想の核心であり、広島の復興と平和の象徴として、歴史的にも不可欠な存在で...

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という有名な碑文は、「平和記念都市」としての広島の理念を象徴している。碑文の主語は、人類全体だということで、公式説明がある。英文での説明では「Let all the souls here rest in peace; For we shall not repeat the evil.」という表現が公式に確立されており、主語は「We」である。

イデオロギー的な理由から、この碑文を好まない者がいるのは仕方のないことだ。もちろん議論は可能だろう。しかし歴史を知らず誤解をしたまま、あるいは意図的に歴史を歪曲して広島の平和主義を貶めるのは、不当である。

安全保障の専門家を自負する者には、「左翼が日本をおかしくしてきた」という「物語」に、あらゆる物事を入れ込もうとする方々が多い。広島は左翼の巣窟だ、きっと自虐史観だろう、という偏見も根深い。しかし、何を見ても、このワンパターンを繰り返すのは、大衆に思考を停止させて、操作していくための姑息な術でしかない。

参政党の神谷代表が、南京大虐殺を否定した、というニュースが話題になった。事実の検証を度外視して、大衆の欲求に応じた物語を提供している、という批判が起こった。歴史認識問題は、現代のポピュリズムの問題の中枢である。

参議院選挙中には、「ロシアの選挙干渉を排除せよ」、とSNS上で主張する、ウクライナ応援団系の「専門家」の方々も話題となった。あらゆる事象の背後にロシアの影を見るというワンパターンを、軍事評論家や国際政治学者の方々が繰り返している姿も、最近では見慣れた光景になった。

歴史的事実の検証や、議論の内容の充実が軽視されてしまう社会、論者の政治的立ち位置に関するイデオロギー的判断ばかりが優先される社会は、疑いなくポピュリズムに毒された、停滞する社会だ。

右翼vs左翼、保守vsリベラル、親欧派vs親露派、といったステレオタイプの見方をこえて、議論を進めるための余地が、どんどん狭くなっている。

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。