記憶をどう植え付けるか?:電子化と国語力と仕事のクオリティの関係性

私が進めていたある開発工事の現場代理人は毎週行われていた現場の打ち合わせの際、メモをとることを全くしませんでした。初めは全部頭に入っているのか、と思ったのですが、そうでもなさそうです。「打ち合わせの時に言ったのに…」というケースが何度があったので現場代理人の上司である社長に「どうにかしてよ」と何度か改善を求めたのですが、結局、最後の最後までスマホ1つ、そのスマホに文字をインプットすることすら見ることもありませんでした。仕事のクオリティは推して知るべし。

b-bee/iStock

私がゼネコンの現場で仕事をしていた時、一日の終わりに所長や現場主任はよく自分のノートにメモを記載していました。ある人は日記だと言い、ある人は備忘録だと言っていましたが、一日の終わりに記憶が薄れる前にしっかり何が起きたかを記録しておく癖にいたく感銘を受けたものです。

なぜ備忘録を書くのでしょうか?もちろん、先々、メモを見直すことで記憶をよみがえらせるということはあります。ただ、それ以上に備忘録のようにある事柄についてメモを作るのは自分の頭でもう一度、何が議論され、何が起き、何が決定されたかを考え、それを自分の指先を使い、ペンで記すことでしっかりとした記憶の植え付け(定着化)を行うのです。

私がよく知る当地の大学で日本語を教えている先生が私によく言うのです。「教科書は紙に限るわよ。電子版にすると極端に学生の成績が落ちる」と。紙の教科書はボリューム感や全体像、更に自分がいま、どのあたりを学んでいるか、瞬時に判断できます。ところが電子ブックだとその質感、重量感は全くわかりません。

もう少しわかりやすい例をあげましょう。あなたがもしもマラソンに参加しているとします。時折ある現在位置の表示(何キロ地点とかゴールまであと何キロという表示)は走る者にもの凄いエネルギーと頑張る力を与えてくれます。その指標があるからこそ、人間は目的地を認識し、そこまでのプランをどう組み立てるか走りながら考えるのです。つまり目標や立ち位置の見える化です。

私はオンライン会議やオンライン講義によく出席していますが、紙やメモ帳に必死に書いています。なぜなら書くことで話し手が述べたことを同時通訳的に簡単な表現でまとめているのです。これはそれなりに頭を使いながら、記憶の植え付けを行っているともいえます。

読売新聞に「講義メモする学生は1割、本・新聞など読まない学生は2割…いずれも国語問題の正答率低く」とあります。記事内容はこのタイトルが全てを物語ります。ただ、一点、記事中で気になったのが「紙の本を読む人は読書時間が1日あたり約40分。またSNSやブログを読み物として読むと回答した人は約60分だった」という記述です。この回答は本を読まない2割の学生を除いた8割の本を読む学生の読書時間を表したものだと理解しています。そうだとしても紙の本を1日平均40分、画像の読み物が60分というのは盛りすぎだと思います。

私も大学生の時、アンケートは何度かあったのですが、その回答は極めていい加減でした。つまり自分の実態ではなく、体裁重視で、ある程度格好良いものになる回答をしていたのです。それが無記名であっても事実を素直に書くことはありませんでした。それは私だけではなく、周りではごく普通でした。実態としては学生で書籍を読む人は極めて限られると思います。それは大学図書館に行けばわかります。その代わり、読む人はもの凄く読む、という極端な差が生じている状態でしょう。よく書店に行くと本の帯に「東大生、京大生に最も読まれた本」といった売りが入っています。あれなどは誇張表現の極みでしょう。どうやって調べるねん?と聞いてみたいところです。

スマホの時代になり人間は自分で記憶する必要がますます薄れてきました。実を言うと私も怪しいのです。というのは北米で投資をしていており、数十銘柄を管理し、それ以外に注目銘柄も加わるのですが、ほぼ全部ティッカーだけで見ているので本当の会社の名前を思い出せなくなるのです。投資は全部画面上でやっているのでなるほど、自分が自分で記憶を植え付けられない実践をしているとも言えます。日本のティッカーは4桁の数字なので番号で覚える人は少ないでしょう。北米はこれがアルファベットの組み合わせなので社名の想像がつくけど正式名が引き出せないわけです。

世の中、電子化が進んでいます。便利だけど自分が阿呆になっていくような気がしてなりません。そんな時、文庫本の小説を手にするとふと安心するのは何故なのでしょうね?不思議なものです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年9月7日の記事より転載させていただきました。

アバター画像
会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。