第2次世界大戦が終戦して80年が経過したが、戦争の痛みや被害が既に癒されたか否かは犠牲者の個々の事情によって異なってくるだろう。これは国にとっても当てはまることかもしれない。

ナブロツキ大統領(左)を迎えるドイツのメルツ首相、2025年9月16日、独連邦首相府公式サイトから
今年8月に大統領に就任したポーランドのナブロツキ大統領は16日、ドイツを初訪問し、シュタインマイヤー独大統領と会談したほか、メルツ首相とも会合した。初顔合わせだったが、42歳の若いポーランド新大統領はシュタインマイヤー大統領との会談ばかりか、メルツ首相との話し合いの中でもドイツ・ナチス政権による戦争賠償金を要求したという。1兆3000億ユーロの賠償金請求だ。
独のメディアによると、シュタインマイヤー大統領もメルツ首相も隣国の新大統領に対してやんわりと拒否したという。ベルリンの大統領府の報道官によると、シュタインマイヤー大統領は「戦争時の賠償金問題はドイツの観点では法的に解決されている」と述べる一方、「しかし、戦争被害者に対する追悼や記念行事の促進は依然として共通の懸念事項である」と答えたという。
ナブロツキ大統領は訪独直前、ドイツの大衆紙「ビルト」とのインタビューの中で、「賠償問題はまだ法的に解決されていない」と述べ、「ドイツが戦争賠償金として1兆3000億ユーロを支払うことを願っている。この額は非常に綿密で確固たる科学的研究に基づいてはじき出された数字だ」と説明している。
ちなみに、大統領選でナブロツキ氏を支援した愛国主義的右派政党「法と正義」(PiS)は、政権時代にこの問題に関する議会委員会を設置し、同委員会は3年前、報告書の中で、賠償額を1兆3000億ユーロと概算している。
ポーランドへのドイツの侵攻は1939年9月1日に始まり、ダンツィヒ(現在のグダニスク)近郊のヴェスタープラッテへの砲撃に先立ち、当時のドイツ・ポーランド国境付近に位置するヴィエルンはドイツ空軍によって爆撃された。この攻撃だけで約1200人の民間人が犠牲になった。戦争全体でポーランドでは約600万人が命を落とした。
会談に関する政府副報道官の声明では、ナブロツキ氏の賠償要求については言及されていないが、「第二次世界大戦とドイツ占領の惨禍を経て、ポーランドとの和解を促進することは、ドイツ政府にとって歴史的な責務であり続ける」と述べられている。
メルツ首相はナブロツキ大統領との会談では、ロシア軍の無人機がポーランドの領空侵犯した件に言及し、「ドイツは常にポーランド側に立っている。隣国の領空監視強化のため、ドイツ軍のユーロファイター戦闘機を2機から4機に増やした」と述べている。
両国関係では、メルツ政権が不法難民対策の一環として対ポーランド国境の監視強化したことから、ポーランド側は「ドイツは不法移民をポーランドに押し返している」と非難、同じように対独国境管理を導入するなど、一時期、両国関係は険悪化した。ただ、ウクライナ戦争では両国とも緊密な関係を維持している。メルツ首相は5月の首相就任直後、まずフランスを訪問した後、ポーランドを訪問し、ドイツ・ポーランド両国関係が重要であることを示したばかりだ。
【参考】ドイツの戦争賠償金問題
ドイツ政府は「賠償問題は戦後直後、解決済み」という立場を堅持してきた。日本は戦後、サンフランシスコ平和条約(1951年)に基づいて戦後賠償問題は2国間の国家補償を実施して完了済みだが、第1次、第2次の2つの世界大戦の敗戦国となったドイツの場合、国家補償ではなく、ナチス軍の被害者に対する個別補償が中心だ。ナチスによるホロコーストなどの被害者への補償は、国家や企業が設立した基金などを通じて行われ、これは戦時賠償とは別の問題として扱われた。ポーランドの賠償請求に対しては、ドイツ政府は1953年のポーランドによる賠償放棄宣言を理由に、「既に解決済みだ」としている。
ドイツにとって過去問題は政治的にはフランスとの関係だが、損害賠償問題はバルカン諸国や旧東独諸国で常にくずぶってきた厄介なテーマだ。例を挙げる。シュタインマイヤー大統領は2024年10月末、アテネを公式訪問した時、ホストのサケラロプル大統領(当時)から第2次世界大戦でギリシャが受けた損害と、当時のナチス・ドイツに支払わされた強制貸付について賠償を請求された。サケラロプル大統領は「戦争賠償と強制貸付の問題は、ギリシャ国民にとって今なお非常に重要な意味を持っている」として、「同問題は依然として宙に浮いたままだ。ナチス・ドイツ軍のギリシャ占領時代(1941~44年)の蛮行、ユダヤ系住民のアウシュビッツ収容所送還、経済的略奪などに対し、賠償金を支払うべきだ」と語った。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






