ロシア領空侵犯報道に盛り上がるウクライナ応援団

日本の国際政治学者の方々によれば、8月の欧州首脳の訪問によって「欧州統一メッセージがトランプに突き刺さった」ということだった。

「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」主義の日本の国際政治学者の今後
8月15日にトランプ大統領はプーチン大統領と首脳会談を開いた後、8月18日にゼレンスキー大統領と首脳会談を持った。欧州諸国の指導者7名があわせてワシントンDCを訪れた様子は、特別なものではあった。ただ、私が繰り返し述べてきているように、紛争...

ところがロイター報道によれば、トランプ政権は、バルト諸国に対する軍事支援を打ち切る方針を、8月下旬に欧州側に伝えていたという。

Reuters: Pentagon warns European diplomats of aid cuts to Baltic states
Europe should be less dependent on the United States, Pentagon official says at meeting with allies

トランプ政権が行っているウクライナ向けの武器支援も、その費用は欧州諸国が負担している。つまりアメリカは、欧州人に武器を売って儲けているだけだ。トランプ大統領は、日本の国際政治学者の解説を、全く聞いていないようだ。

ilyasov/iStock

9月に入ってロシアの領空侵犯が繰り返しニュースとなっている。日本においてのみならず、欧州などでも、「ウクライナ応援団」系の方々が、NATOは報復せよ!と盛り上がっている。

9月9日にポーランド、14日にルーマニアで、ロシアのドローンが領空侵犯したとのことだった。ただ、ロシア政府は、そのような遠方まで飛行させられないと述べ、自国のドローンであることを否定した。ロシアに好意的な立場を取る人々は、ウクライナ政府が仕組んだ偽旗作戦だったと解説している。

「ウクライナ応援団」系の方々は、NATOの報復を唱えるが、東欧の小国が報復することは奨励しないのが普通のようだ。つまり、アメリカよ、ロシアを攻撃してくれ、というわけである。

もともとドローンがどこから来たのか、どの国の政府の所有物であったのかを識別することは、極めて難しい。ポーランドに飛来したドローンは撃墜されたが、残骸があっても識別は難しい。いずれにせよ、断定するには、根拠が必要である。

しかし欧州諸国の多数がロシアだと言っている以上、多数決でロシアのドローンであることが決まっている、といった主張をする方もいる。

19日にエストニア領空をロシアのMIG-31が12分間侵犯したというニュースも、同じ方面の方々を盛り上げた。

ただ鶴岡教授のポストの文面に関わらず、不思議なことに、実際の「Politico」誌の記事には、ロシア機がエストニアの首都タリンに向かったという文章はない。

Russian warplanes breach NATO airspace in ‘dangerous provocation’ over Estonia
Russian MiG-31s flew into Estonian airspace before Italian jets were scrambled to intercept them.

(ちなみに「タリンに向かっていた」と報じたのは、ウクライナ応援団プロパガンダ系ニュースサイトのVisegrad24である。)

ポストの文章と、参照先のニュース記事の内容が合致しないことは、国際政治学者の方々のSNSでは、よく見られる現象である。

SNS大戦争:国際政治学者らも熱を上げるロシア選挙干渉問題の争点
参議院選挙戦中に参政党の候補者がスプートニクの取材に応じたことが、大きな問題として取り上げられた。その後、政府に批判的な人物たちのSNSアカウントが一斉に閉鎖になるという事件があった。ロシア政府が日本政治に混乱をまき散らそうとしてい...

もっとも指摘する側のほうが、社会的に抹殺されかねないので、簡単には指摘できない。

19日のエストニア領空侵犯騒ぎについては、エストニア政府が発表した内容から、ロシア機はタリンに向かっていたのではなく、フィンランド湾からバルト海に向かうルートを飛行していたと見られる。

Estonia releases flight path of Russian jets that violated its airspace
The Estonian Defense Forces (EDF) on Saturday published a map showing the flight path of the Russian MiG-31 fighter jets which violated Estonian airspace on Fri...

これについてロシア政府は、国際空域だったと主張している。「領空」は、領土と領海の上空を指す。領海は、海岸から12海里=約22.2キロの距離までだ。エストニア政府発表の雑駁な地図で見ると、ロシア機の飛行ルートは、領空侵犯ではないように見える。

ただし、実は、エストニアはこの海域に2,355といわれる数の小島を領有している。そのほとんどが極小かつ無人島だが、それぞれから個別的な領土・領海と領空の設定はなされる(ただし「岩」は除外される)。したがってエストニアの領空の設定・識別は、非常に複雑である。雑駁な地図からだけでは、わからない。

エストニア側は「12分間」領空侵犯があったと主張している。最高速度がマッハ2.83とされるMIG-31は、12分あると600キロを飛行することができる。エストニア政府発表の地図で示されているロシア機の飛行ルートとされる線では、せいぜい200キロ程度しかない。

もちろん非常に低速で飛行することは、技術的には可能ではあるだろう。戦闘機ではあるが、偵察あるいは挑発が目的であったら、意図的に超低速で飛行することも、ありうるかもしれない。だが仮にそうだったとしたら、ロシア側は、非常に危険な速度で、領空侵犯をしてきたことになる。

そもそも上述の事情で、海岸線に近い空域を飛行するのでなければ、島嶼部によって設定され直した領空を飛行して、領空侵犯だったということになるはずだ。しかしそれは海岸と平行には設定されていないので(エストニアは海岸部も相当に入り組んでいる)、12分間連続して領空侵犯できるかは、疑問だ。

状況がつかみにくいところがある。

 私は、ロシアは領空侵犯していないと言いたいわけではない。意図的ではなかったと言いたいわけでもない。ただ、この種のことは、即座に素人がお茶の間で事実関係を断定することは難しい、とは考えている。学者は、どちらかというと慎重な物言いになるのが普通かとも思っている。

だが正しいことを言うことよりも、ロシア非難の内容の発言をするか、しないか、が、まずは一番重要なことだ、という風潮が、今の日本では、あまりに根深い。学者界隈でも、あらゆる機会を使ってロシアを非難する、それが一番大切なことだ、という考え方が、常識になってしまっている。


もしこれに合致しなければ、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」、と揶揄されたりする。

「ウクライナ応援団」の「この戦争は終わらない」主義はどうなるのか
アラスカで米ロ首脳会談が開催された。メディアの論評を見ると、会議前には「ウクライナ抜きで和平を進めるな」の大合唱だった。会議後には「和平が達成できず、成果なき会談だった」と力説している。 アメリカはウクライナの最大支援国ではあ...

暮らしにくい時代だ。

国際情勢分析を『The Letter』を通じてニュースレター形式で配信しています。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。