「コストプッシュ・インフレ」という謎理論をまじめに考えてみた

池田 信夫

「インフレの最中に減税とか財政出動するのはおかしい」というと、「コストプッシュ・インフレには財政出動がきく」と反論してくる人がいる。自民党の西村康稔氏もその一人だ。

ところがこの「コストプッシュ・インフレ」という言葉は、経済学の教科書や専門書をさがしても出てこない。しょうがないので、チャットGPTに聞いてみた。

Q. コストプッシュ・インフレって何?

インフレは総需要(AD)が総供給(AS)を上回ったとき起こります。総供給が減って(AS曲線が左にシフトして)AS’になると、物価はP’に上がります。

Wikipedia

これを「コストプッシュ・インフレ」と呼び、総需要が増えて起こる「デマンドプル・インフレ」と区別する人がいますが、どっちも

総需要>総供給

なので、統計的には区別できません。

Q. 「コストプッシュ・インフレには財政出動がきく」というのはどういう論理?

インフレのとき財政出動や減税(=総需要を増やす政策)は逆効果ですが、それを主張する人たちには、ある一定の論理的背景があります。

コストプッシュ・インフレでは、原材料やエネルギーが値上がりし、物価が上がるが、賃金は追いつかないという「悪いインフレ」になります。その結果、家計の可処分所得が減り、消費が冷え込み、企業の売上も減少します。

このとき財政出動や減税で可処分所得を増やすことで、「実質所得の下支え」「景気後退の回避」を狙うわけです。短期的には「痛み止め」あるいは「生活支援」という論理です。

この立場をとるのは、MMT寄りの人たちです。国民民主党代表の玉木雄一郎さんは「コストプッシュ・インフレに利上げは逆効果。可処分所得を増やすことが本質的な対策だ」といっています。

Q. 気持ちはわかるが、実際に可処分所得を増やしたら、消費が増えて物価は上がるんじゃないの?

まさにその通りで、あなたの疑問はMMT(現代貨幣理論)への最大の批判点でもあります。つまりインフレ下で財政赤字を増やすと、インフレを加速させるおそれが強いというのが、主流派経済学・中央銀行・国際機関(IMFなど)の共通認識です。

それに対してMMT派は論点をずらします。彼らの主張はこうです:

  • 家計を支援して消費を増やす赤字 → インフレを悪化させやすい
  • 生産力・供給力を強化する赤字 → 将来的にインフレを緩和する

という区別をするのです。MMT派は「インフレ下でも、支出の中身が供給拡大に資するならOK」と考えます(ケルトン)。

Q. 供給力を増やすが消費を増やさない財政出動なんてできるの?

おっしゃる通りです。実際の政治・財政運営では次のような問題が起きます。

  • タイムラグ:給付金・減税などの即効策は需要を直接に刺激する。
  • 供給力を拡大する公共投資(グリーン投資など)の効果は不確実で時間がかかる。
  • 結果、インフレがさらに進む。


インフレ抑制法がインフレの火に油を注いだというマンガ

失敗例:2020年代のアメリカ
  • パンデミック期に巨額の財政出動を実施。
  • グリーン投資を増やす「インフレ抑制法」はインフレの火に油を注いでしまった。
  • 2022年にCPIが9%超に。
  • FRBは急激な利上げを余儀なくされた。

この経験から、多くの主流派経済学者が「MMTは危険」と評価を下しました。ケルトン自身も「支出のタイミングと規模の調整を誤るとインフレは制御不能になる」と後に認めています。

Q. 日本のインフレはどうすればいいのかな?

今の日本のインフレは食品の物価上昇率が8%前後と大きいのが特徴です。この原因は

原材料の輸入依存が極端に高い
  • 小麦、大豆、トウモロコシ、油脂、飼料穀物など、日本の食料原料の6割以上を輸入に依存。
  • 為替が1ドル150円近くまで円安になったことで、仕入れコストが2〜3割上昇
エネルギー価格の上昇
  • 食品の生産・加工・輸送すべてに電力・燃料費がかかる。
  • 2022年以降の電気代高騰が、食品の製造・冷蔵・物流コストを直撃。
  • ガソリン代・運送料の上昇も、最終的に小売価格に反映されている。
人手不足による人件費上昇
  • 外食・小売・運送・倉庫など、食品関連産業は慢性的な人手不足
  • 2024〜2025年にかけて、時給引き上げ・物流2024年問題も重なり、人件費が物価転嫁の要因になっている。

現在のインフレの大きな原因は人手不足ですが、これは賃金が上昇して調整するしかないでしょう。政府が「賃上げ要請」なんかしても意味がありません。

もう一つの原因は円安ですが、これは日銀が利上げして円高に誘導するしかない。インフレに対してできる財政政策はありません。バラマキで財政赤字を増やすと、財政不安が高まって投機筋が円を売り、インフレがひどくなります。