黒坂岳央です。
子供が習い事や塾、学校で大きな結果を出した時、お祝いとして豪華な食事体験をさせる親は一定数いる。筆者自身もそうだ。他にあまり趣味もないので、家族で食事や旅行にかなり投資をしている。
だが、ネットではこうした豪華体験に否定的な声は少なくない。「子どもに贅沢を覚えさせると、将来、子供たちが手が届かないことで幸福度を下げるのでやめろ」「下手すると豪華さを求めて、夜職など非行に走る原因になる」といった厳しい意見がある。本当だろうか?
結論からいうと、筆者は真逆の意見を持っている。確かにそうした子供たちは自分がしている体験は「普通には簡単に手が届かない」ということを知らない。おそらく、気づくのは社会人になってからだろう。だが、それでも幼少期の豪華体験は人生を狂わせる決定打にはならないと考えている。

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豪華な経験はマイナスにはならない
SNS上で最も見られる懸念は、幼少期に高級な味を知りすぎると、大人になって庶民的な食事に満足できず、人生の幸福度が下がってしまうというものだ。
これは心理学における快楽適応に基づいた論理である。刺激に慣れてしまい、より強い刺激(より高価なもの)を求め続ける状態を指す。確かに回らない寿司ばかり食べていると、100円寿司の味に満足しづらくなるだろう。
だが、それだけで「人生が狂う」と言えるようなインパクトは考えられない。なぜなら、この「味覚の不満」は、「誰と食べるか」という人間的な喜びによって容易に上書きされ、その影響力を相殺されるからである。
まず、食や旅行といった豪華体験は「何をするか?」より「誰とするか?」で99%決まるといっていい。筆者は一人で食べる星付きフレンチのコースよりも、子どもたちと笑いながら食べるフードコートの食事が遥かに満足度が高い。そしてこれは一般化出来るだろう。誰しも緊張する会社の上司と食べる会席料理より、親友とファーストフードで食事をする方が遥かに満足度が高いはずだ。
この幸福度の逆転現象こそ、食の価値が「価格」ではなく、「誰と行くか」という心理的資本によって決まることの何よりの証明である。
子どもにとって、豪華な食事は「親が自分にかけてくれた時間と注目」を意味する。その記憶は、単なる味覚ではなく、親子の絆という形で心に刻まれるため、簡単には陳腐化しない。
人生を破滅させるのは「高級食」ではない
「豪華体験を与えすぎると、将来、夜職などに走り、その生活水準を維持しようとする」という意見は、飛躍的であり現実の状況証拠ともかけ離れていると感じる。
まず、事実として豪華な食事や旅行への依存症があるなら、大きな社会問題や理論化しているはずだ。しかし、現時点でそのような一般化できるほど認知されていない言っていいのではないだろうか。もし、これらが人を破滅させるほどの強い依存性を持つのであれば、ギャンブルやアルコールのように、国や自治体が対策を講じているはずだ。
豪華な食事が依存症になるなら、給与を高級料理に使い果たし、破産に至るケースはそこら中にあるはずだがそんな事例は極めて稀であり、ほとんどが自力でコントロールしている。食事に依存症の強いドラッグでも混ぜられていたら話は別だが、仮にその場合でも「豪華体験」そのものに問題がないことは明らかである。
これに対し、真に人生を狂わせ、深刻な依存症(薬物、非行、過度な承認欲求)を引き起こす主要因は、親からの愛情不足である。これには心理学の愛着理論という科学的な裏付けも存在する。
幼少期に親から安定した愛情や応答性が得られないと、子どもは不安型愛着スタイルを形成しやすくなる。このスタイルを持つ人は、自己肯定感が低く、常に他者からの評価や承認に自己の価値を依存する傾向が強い。
誰しも20代まではやんちゃな自己PRを通過点としてするものだが、30代半ば以降の中年以降も異常なまでの承認欲求や依存症を抱える人の根っこには、幼少期に満たされなかった「愛」と「居場所」の欠乏がある。
人生がおかしくなる主要因は、高級レストランの味を知ったことではなく、親の無関心や歪んだ価値観の刷り込みにあるのだ。
実際、承認欲求が抑えられない人たちというのは、高級食体験そのものに取り憑かれているのではなく、その実態として高級食というコンテンツをSNSでPRすることに取り憑かれている。つまり胃袋が飢えているのではなく、愛情に飢えていると言えるだろう。
豪華体験を上手に渡す方法
豪華な経験は、適切に「渡す」ことで人生を豊かにする「経験資本」に変えられると思っている。その役割はシンプルだ。
一つは、「特別感の維持」だ。常に豪華な食事を与えるのではなく、記念日などに限定することで快楽適応を防ぎ、経験を「感謝と喜び」と共に特別な記憶として定着させる。
もう一つは、「自助努力のインセンティブ」を伝えることである。高級なものを知っているからこそ、子どもは「努力をすれば、自分もこの豊かな生活を手に入れられる」という健全なインセンティブを持つことができる。この経験を、親が「これはパパ/ママの努力の結果だ」というメッセージを対話として伝えながら与えることが重要である。
◇
食育の本質は高級な食材を与えることではなく、「愛情を満たし、共感の喜びを教え、努力の価値を示す」という親の姿勢にかかっていると思っている。
豪華な経験は、親の愛と努力の結晶を子どもに伝える高価で強力な「ラブレター」なのである。このラブレターが正しく読み解かれるかどうかは、その根底にある親子の絆の深さにかかっているのだ。
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