
世界中のリベラル寄りの人は6月から大注目していて、それ以外の人は突然数日前に「誰コレ?」状態で突然のニュースに驚いた感じの新ニューヨーク市長ゾーラン・マムダニ氏ですが、早速二極分化する世界中の政治的論争のマトになっています。
本来そこまで関係ない日本のSNSですら、「極左の共産主義者のイスラム教徒が当選してニューヨークはもう終わり」って感じの投稿とか、逆に「悪のトランプに対抗する新しい光の戦士」みたいな扱いの投稿とか溢れてますね。
自分はまあ、結構リベラル寄りの感性”も”ある人間だから、民主党予備選を勝ち抜いた6月時点から結構注目していた勢ですが、マムダニ氏に期待している分、あまり「左vs右」の論争だけに彼のチャレンジが回収されてほしくないなと思っています。
彼の今後は、むしろそういう「左vs右」の論争からいかに距離をおいて「実際に政策を進める」ことができるかどうかにかかっていると考えるからです。
今回記事ではその話を考察しながら、今のタイミングでニューヨーク市長にマムダニ氏が当選することの「意味」についても掘り下げようと思います。
1. レッテルよりも「実際どういうことをやるのか」が大事
確かに本人は自称「民主社会主義者」であって、トランプ側からは「共産主義者のNY市長」っていうことになるわけですけど、そういう「レッテル」よりも「じゃあどういうことをやるのか」っていう話の方が大事ですよね。
で、実際にどの程度のことをやるのか、という話でいうと、
・年収100万ドル(1.5億円)以上の高所得者に追加所得税2%
・法人税は現行7.25%から隣のニュージャージーと同じ11.50%にする
ことで資金を捻出し、
① 市内バスの無料・高速化
②市内住宅の約4分の1を占める家賃安定型物件の賃料凍結
③ 生後6週間から5歳までの子ども全員を対象とする無償保育
…といった政策を目指すらしい。
これがどれくらいのことか?は価値観次第ですが・・・
日本でも富裕層にチマチマ知らないうちに負担増されてることは時々あるし、最近は幼保無償化も進んでるし、日本はアメリカに比べて交通費が安めだし、借主の権利が強いのでこのすごい資産インフレ期間でも家賃があまり上がってない例も多いと思うことを考えると、日本人からしても
共産主義者の政策!って言われるほどのことか?
…という感じはする人も多いと思います。
実際、ヨーロッパ人からは、「共産主義者!!!」って米国内で言われてるわりに実際見たらえ?これだけ?っていう声が大きいらしい(笑)
「ラディカル!」ってアメリカ人言ってるけどマジ普通じゃん、という記事もあった↓

一点だけ、法人税率をニュージャージーと同じ11.50%にするっていうのが、左派の議論の中では「他の州と同レベルにするっていう程度の簡単な話じゃん」という建付けになってるし僕も最初は数字だけ見て日本の法人税(15%〜23.2%)と比べてもそれほどじゃないんじゃ?と思ってたんですが・・・
ただふと「これって州税のことか?じゃあ連邦税と足すともっと高くなるってことかな?」と思ってChatGPTと相談して色々と分析したところ、
・ニュージャージーの法人税は全米で最も高い。
・ライバルのカリフォルニア州は8.84%、テキサス州はなんとゼロ!?
・連邦税と合算したマムダニ案のレベルは、日本・ドイツを超え、フランスなどOECD諸国で重税国とみなされているゾーンに近づく
(州ごとに細かい制度が違うし企業規模でも違うので一概に税率だけで判断できないことに注意)
…ということらしい。
アメリカのトヨタがカリフォルニアからテキサスに引っ越した意味がめっちゃわかったw
富裕層(年収1.5億円以上)の追加2%とか、金持ちには誤差みたいなもんじゃないの?って思うけど、これもまあ300万円ぐらい以上の負担増ってことだから、嫌な人は嫌ってことで今フロリダ州の不動産屋さんとかが「電話が鳴り止まないです!」って言ってるTiktok動画とかも見ました。
また、富裕層は「実際に引っ越し」が必要だけど、「登記上の本社を動かす」的な処理でなんとかなる可能性がある企業流出は結構心配されている面があるらしい。
2. これからの「難しい舵取り」こそが本番
要するにマムダニがやってることを、「共産主義者のムスリムがアメリカを壊しに来た」と言ってても仕方ない(それは明らかに言い過ぎだ)し、逆に彼のレトリック的なジョークとか振る舞いとかが「紳士的でトランプみたいなクズとは違う!」って狂喜乱舞してても仕方なくて、実際にどの程度のことがやれるのか?を注視していく必要があるわけですよね。
実際には、
”欧州の普通ぐらい”には増税して、それで住民サービスを拡充する
(”ドイツや日本より少し上、比較的重いとされるフランスよりは下”ぐらいの税率)
・・・ということをやろうとしているのだ、という冷静な理解の上で、
それをアメリカの中でやるということの難しさ
…をいかに乗り越えていけるかを考える必要がある。
特にさっきも言ったように、「増税による富裕層や企業の流出がどの程度なのか」というのが大問題で、そこは色々と意見のぶつかりあいを調整しながら着地点を見出していくプロセスが必要なのだと思います。
流出が過大だと税率あげたけど税収さがったし儲かってる個人や企業がいなくなって余計に不景気ということも十分ありえるからね。
3. 「労働者の勝利ではなく中間層の意志」であることが希望かも?
ここで結構重要な判断材料だなと思うのが、マムダニの勝利について、
「虐げられた労働者階級がついに声をあげたのだ!」
…という左派的なナラティブは実際のデータとズレているという指摘があるんですね。

上記記事によると、貧困層(といっても年収500万ドル≒750万円未満という衝撃的な線引きですけど!)のマムダニ支持はそれほど高くなく(とはいえクオモよりは得票してるが)、
年収5万〜9万9,999ドル(1500万円未満)の”中低所得者層”
年収10万〜19万9,999ドル(3000万円未満)の”中所得者層”
…の支持が劇的に高いためにクオモを突き放したらしい。
年収1500万円未満が「中低所得者」、3000万円近くなっても「中所得者」っていうのがニューヨークすげえって感じですが・・・
でも年収1500万円とか3000万円とかあっても「生活マジ苦しいんだけど!」ってなるのが今のニューヨークの物価高だってことなんですね。
保育所とか月20万〜30万するそうですし、家賃も日本と違って資産インフレに応じてガンガン上がっていくガチ資本主義社会なので、ここで一息つきたいという気持ちになる人がこんなにいるという事実はかなり重いなと思いました。
4. 「満額できなくても十分意味がある」という戦いができるかどうか
さっきも言ったとおり、「欧州と同じ税率」を、「引っ越しもすぐできるアメリカ国内」でやることの難しさというのはあるので、「言っていた税率」をそのまま満額できなくたっていいと思うんですよ。
そもそも!ニューヨーク市長に州税の税率決める権限はないらしいのでw(←オイ!)言ってることがそのまま通るとも思ってないところはあるように思います。
家賃凍結も、ずっとやると逆にそういう分野への投資を誰もしなくなる問題があるので、その他色々な税控除と組み合わせて投資を促すとかそういう事も含めて多面的なバランスを考えた施策が必要になる。
それでも、今のようにめちゃくちゃなインフレ時代には、
ちょっとだけ負担を分け合って困ってる人のための無料サービスを拡充しよう
…という共通目標をシェアできる可能性は十分あると思います。
特に、地下鉄駅の近くがどこも天井知らずに家賃が上がっていく中で、バスしか乗れない地域に住んでる人とかは本当に大変な思いをしていて、中心部のエッセンシャルワーカーの確保とかがかなり無理が出てきているようなので・・・
それに対して具体的な対策が必要だよね、という話は結構共感を得ると思います。
実際この記事によるとマムダニ氏が選挙キャンペーンの後半はむしろ「富裕層や財界人」と対話するモードになった時に、「税率はともかく無料バスには賛成だ」と言っていた財界人もいたらしい。
例えば自分の住んでるマンハッタンのコンドミニアムに働きに来てる掃除人とかドアマンの人とかが、めちゃくちゃ遠いところに住んでて、地下鉄も通ってないからバスで毎日片道二時間かけて通勤しなくちゃいけなくて常時イライラしてる・・・みたいな状況に対して、さすがになんとかしたいと思ってる富裕層も正直いなくはないと思います(そういうのが重なるとマジで命の危険すらあるからねアメリカは)。
そういうところの、
「党派的でない新しい共感関係」を掘り出して具現化できるか?がマムダニ氏の本当のチャレンジ
なんですよ。
そこに新しい「We(我々)」感を成立できるかどうか。
一緒にこの街を作ってる仲間じゃないか、という関係性を再度立ち上げられるかどうか。
5. 「いわゆる民主党中道派」はどうでもいいから、新しい「中道」を作ってくれ
今、アメリカの民主党は「中道派」と「サンダースやAOC(アレクサンドラ・オカシオ・コルテス)」的な「急進派」の主導権争いがあって、全米で勝つには中道派がいいんじゃないか?vsいやそんな眠いこと言ってるからトランプに負けるんだ!という討論が激しいんですが・・・
個人的にはマムダニはもっと「先」の存在になれると思っています。
自分はサンダースやAOCに心情的に共感する部分がゼロではないにしろ彼らの政治的振る舞いはほんと「敵vs味方」論法的でそこはトランプと変わらない危なさを感じてるんですが・・・
一方でマムダニさんは、選挙キャンペーンの終盤はむしろ富裕層や財界とも対話をどんどんやって支持を獲得し、「年収3000万円ぐらいまで」の中間層にちゃんと支持を得ている点にはかなりの可能性を感じています。
全然違う話だけど構造的な類似性でいえば、「極右層の確実な支持を背景としながら同時に共産党支持層内ですら高い支持率を獲得し、実態は中道なことをやろうとしている高市政権」みたいな感じで、「左翼急進派の強い支持」を得ながら、財界や富裕層とも対話し、
「あたらしいもっと大きなWe(わたしたち)の基盤」
…を立ち上げる力がマムダニさんにはあるんじゃないか?という期待がうっすらある。
マムダニの勝利スピーチの中に、
「選挙キャンペーンはポエムで、そして実務は散文でやるという言葉があるが、だからこそ散文にも詩的な要素が消えないようにする事を頑張っていこう」
…という趣旨の部分があってなかなかいいなと思ったんですが・・・
要はマムダニさんには、ここから先も「ポエム」しか言わない人にならないでほしいってことですね。
「州法人税率を結局何%にするのか」といった「面白くもない散文」の数字を妥結していくにあたっても、そこに「ポエム」的な夢を失わずに込められるかどうか
これ↑こそが「ほんとうのたたかい」であり、これをやりきることができれば、世界中で劣勢に立たされているリベラル側にとってのvs「トランプ的なもの」を戦う本当の基盤ができあがるでしょう。
「正義の自分たちvs邪悪なアイツラ論法」を超える、本当の「対話」と新しい「もっと広いWe」の設定が求められているのだと思います。
外野から応援してる日本の左派の人もこの点を忘れちゃいがちだし、そもそもアメリカでもともすれば「vsトランプ」の罵りあいに吸い込まれていきかねない問題なので、そこはなんとかマムダニさんの「ほんとうの対話力」に乗り越えてほしいポイントですね。
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つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2025年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。







