中国外交官の「戦狼外交」と「虚言癖」

中国の傅聡国連大使は18日、安保理改革を協議する国連総会の会合で、台湾有事に関する高市早苗首相の国会答弁を非難した。その上で、日本には「常任理事国入りを求める資格はない」と主張した。このニュースを読んで「それでは中国共産党政権は常任理事国入りする資格があると考えているのだろうか」と問わざるを得なくなるのだ。

中国で人気のあるアクション映画「ウルフ・オブ・ウォー」(「戦狼2」のポスター)=維基百科から、Wikipediaより

先ず、最近の例だ。高市早苗首相は衆院予算委員会で立憲民主党の岡田克也元幹事長の質問に答え、台湾有事について「(中国が台湾を)北京政府の支配下に置くためにどういう手段を使うか、いろんなケースが考えられる」と指摘した上で「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答弁した。

台湾と日本最西端の沖縄県・与那国島との距離は約110㌔しかなく、日本の存立が脅かされる事態であることは間違いない。首相の答弁は妥当なものだ。

ところが首相の答弁に対し、中国の薛剣(せつけん)駐大阪総領事が「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と自身のX(旧ツイッター)に投稿したのだ。それを聞いた日本政府ばかりか、大多数の日本国民は薛剣氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」に指定して国外退去を命じるべきだと考えたのではないか。一国の首相への暗殺通告だ。

海外に赴任している中国人外交官には2つの特徴がある。一つは中国の大阪総領事のようにマフィアのような言動を振る舞う。中国共産党政権から海外に派遣された外交官は習近平国家主席の下では「戦狼」(戦う狼、ウルフ・オブ・ウォー)であることを求められるのだ。

ボクサーはリングで、サッカーはピッチで、野球は球場で戦う。一方、海外に派遣された外交官はホスト国で自国の国益を守るために丁々発止のやりとりをしながら奮闘するが、その外交官が拳を振り回して相手を攻撃したり、威嚇すればどうなるだろうか。れっきとした犯罪行為となり、最悪の場合、国外追放される。そんな外交官は稀だろうが、北京から派遣された外交官は相手が中国側の要求を受け入れないとリングに上がったボクサーのように直ぐに拳を振るい始めるのだ。中国で人気のあるアクション映画「ウルフ・オブ・ウォー」を海外の駐在先で演じるのだ。

卑近な例を挙げる。台湾の駐フィジー出先機関は2020年10月8日、首都スバで双十節(建国記念日)の祝賀パーティーを開催したが、そこに招いてもいない2人の中国大使館の職員が闖入、止めようとした台湾側の関係者ともみ合いになる騒ぎとなった。台湾外交部(外務省)によると、制止しようとした台湾職員が軽い脳震盪を起こして病院に運ばれたという。中国外交官は海外ではマフィア顔負けの暴力団体の一員となってしまうのだ。

チェコのナンバー2、クベラ上院議長(当時)が台湾から招待されたが、北京側は必死に威嚇外交を展開し、チェコ上院議長の訪台を阻止するために奮闘したことがあった。そのクベラ上院議長は2020年1月、中国からの圧力、脅迫が原因と思われる心臓発作で急死した。同議長の夫人の証言によると、クベラ前議長は駐チェコ中国大使館で張建敏中国大使と会談した3日後、心臓発作で亡くなったが、中国側は「訪台すれば、チェコの対中貿易関係に大きな支障が生じるだろう」とあからさまに脅迫していたという。

クベラ氏の夫人がチェコのTV局番組などで中国大使館主催の夕食会の様子を明らかにし、「夕食会当日、中国大使館職員から、夫と離れるよう要求された。張建敏・駐チェコ中国大使と1人の中国人通訳が夫を別室に連れて行き、3人で20~30分話した。夫は出てきた後、かなりストレスを感じている様子で、酷く怒っていた。そして、私に『中国大使館が用意した食事や飲み物を絶対に食べないように』と言った」と語ったというのだ。

中国外交官は単に拳だけではない。ハッカー攻撃からフェイク情報工作までIT技術を駆使して相手側に攻撃を仕掛ける。欧米の最先端の知識人、科学者など海外ハイレベル人材招致プログラム「千人計画」では、賄賂からハニートラップなどを駆使して相手を引き込み、絡めとる。

大学教授や研究者の場合、中国共産党が提供する研究費支援、贅沢三昧の中国への旅、ハニートラップなどが「甘い蜜」だ。その禁断の実を味わえば、もはや忘れることができなくなって罠にはまる。最終的にはそれを暴かれないために中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガーとなっていくわけだ。

そして中国外交官のもう一つの特徴は「嘘」を平気にいう虚言癖だ。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が2023年3月3日、インドの首都ニューデリーで開催された国際会議で「わが国は戦争を止めようとしている」、「(ウクライナ)戦争はウクライナの攻撃で始まった」と語った時、会場から笑いが漏れたという。その笑いの中には、「嘘」を平気で喋るロシア外相の厚顔無恥さに対する驚きも含まれていただろう。

ラブロフ外相の「嘘」と好対照なのは中国外交官の「嘘」だ。中国武漢発「新型コロナウイルス」の起源問題で米エネルギー省が「ウイルスは武漢ウイルス研究所から流出した可能性がある」と発表した。すると中国外務省は即、「米国は問題を政治化している」と反論。そして毛寧副報道局長は定例会見で「中国はウイルスに関する全ての情報を世界保健機構=WHOと共有している」と述べたのだ。この発言は明らかに虚言だ。なぜならば、WHOのテドロス事務局長はその直後、「情報の共有と必要な調査の実施を引き続き中国側に求めている」と述べているからだ。

ラブロフ外相の「嘘」と中国外務省の「嘘」の違いは、ロシアの外相の「嘘」は全く事実に基づかないものであり、多くの場合、如何なる説明や弁明もない。一方、中国の「嘘」は批判に対して反論がつく。例えば、人権問題では、欧米諸国の人権と中国の人権では定義は異なるという説明がつく。「ウイグル人が強制収容所で弾圧されている」という欧米側の批判に対し、中国側は即、「強制収容所ではなく、再教育施設だ」といった具合だ。最近の例では、中国発気球問題だ。中国側は気球が中国製であると認めたが、米国が主張する「偵察気球」ではなく、「気象観察用気球」と言い張る。中国外交官たちの虚言はロシア外交官より一般的に凝っている一方、ロシアのそれは大国意識が独り歩きする「厚かましさ」だけが残る、といった感じだ。ちなみに、ラブロフ外相はプーチン大統領のもと20年以上、クレムリンの顔として奮闘してきたが、どうやらここにきて失脚の噂が流れている。

参考までに、「嘘」の極致の世界を紹介する。イギリスの小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」の世界だ。共産主義の世界では、ビッグ・ブラザーと呼ばれる人物から監視され、目の動き一つでも不信な動きがあったら即尋問される。そこでは思想警察(Thought Police)と呼ばれる監視員がいる。その任務は党のドクトリンに反する人間を監視することだ。例えば、党のドクトリンには「2+2=5」と書かれている。その計算が正しいと教えられる、それを受け入れず、拒否すれば射殺される。自由とは奴隷を意味し、戦争を扱う「平和省」と呼ばれる部門があり、「愛情省」は憎悪を扱う部門といった具合で、全ては180度意味が違う。ロシアと中国は文字通り、「1984年」の世界に近づいてきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。