哲学でいうprinciple of charity、即ち、好意的解釈の原則とは、相手の主張に賛同できない場合でも、見解の相違は立場の相違の反映なのだから、相手の立場を考慮して、即ち、相手に対して好意的な態度をとることで、相手の主張を再解釈し、その限りにおいて、受け入れるべきだということである。
Nuttawan Jayawan/iStock
例えば、神は全知全能だという主張は、神の存在を信じない人には、真偽判断不能で、意味をなさないもの、いわゆるナンセンスだが、神が存在するのならば、神は全知全能であるという主張として解釈すれば、神の存在の問題は棚上げされて、神の定義に基づく真なる分析的命題として、理解可能になる。
また、相手の主張のなかに論理的矛盾を発見して、そこを攻撃するのは質疑応答や論戦における基本的戦略だが、好意的解釈の原則のもとでは、矛盾を解消できるように相手の主張の全体を再解釈するように努めることになる。
こうして、好意的解釈のもとでは、自分の立場を括弧に入れて、相手の立場から相手の主張を理解することになるが、実は、これこそが真に相手の主張を理解する方法なのであって、普通に誰しもなすように、自分の立場から相手の主張を理解するのでは、真に相手を理解したことにならないのである。故に、対話は、対話者の真の相互理解を深めるものなのである。
主張の対立においては、双方とも自分の主張が正しいと信じているわけだから、対立が解消する可能性はなく、敢えて解消しようとすれば、両者間の妥協、あるいは双方の譲歩によって、合意を形成するほかないが、実は、こうした合意形成過程こそ、社会の基礎をなすものであり、合意に強制力を付与するものこそ、政治権力なのである。そして、政治権力は、妥協も譲歩もないときに、優越する力の行使によって、一方を是、他方を非と決するものでもある。
これに対して、対話は合意を目指すものではなく、合意を目指す交渉の前段階として、重要な役割を演じるものだと考えられる。つまり、交渉においては、双方が自分の単独利益の最大化を目指すことの結果として、合意が成立するために、両者の単独利益の合計、即ち、共通利益の最大化が実現するとは限らないわけだが、交渉前の対話において、双方が相手の単独利益の最大化という思考実験を行うことにより、双方にとって全く新たなところに、共通利益を最大化する可能性が開けるのである。
■
森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
X(旧Twitter):nmorimoto_HC
Facebook:森本紀行