
pcess609/iStock
東京都中野区では、区民の健康寿命延伸と医療費・介護費の抑制を目指し、「スマートウェルネスシティ(SWC)構想」を始動させました 。これは、私が議会で提案し、長年「塩漬け」となっていた構想を、令和6年度から具体的な施策として推進するものです。その背景には、各基礎自治体が抱える国民健康保険(国保)制度の財政課題があります。
SWCの詳細については、「スマートウェルネスシティって何? 東京都中野区の挑戦」をご一読いただければ幸いです。

1. 国民健康保険制度の概要
まず、図1に示すように国保制度の大枠は、協会けんぽ、組合健保、共済組合などの保険料から「前期高齢者調整交付金」として一定の負担が調整されることで成り立っています。国保加入者は定年退職後の方が多く、現役世代に比べて医療を利用する機会が増えるため、現役世代の保険料で国保を支える仕組みです。
また、後期高齢者医療特別会計は、その他の各医療保険からの支援金が原資となって運営されています。

図1 制度別の財政の概要
出典:厚生労働省HP
2. 中野区国保会計のお金の流れ
次に、東京都中野区を例に区の「国民健康保険事業特別会計(国保会計)」を中心としたお金の流れを説明します。
中野区の国保会計は、区の他の区民サービスとは別の財布で運営されています。区の主たるサービスを行う会計を「一般会計」と呼び、その財源は保険料ではなく税金としております。
令和6年度の決算額を事例にすると、図2に示すように区の一般会計から国保会計へ約45.1億円が繰り入れられ、この繰入金に対して国から約4.22億円、東京都から約12.2億円、合計16.42億円と、中野区の一般会計から約28.65億円が繰り入れられております。保険制度の維持に税金が使われているということです。

図2 国・都・区の一般会計・国保特別会計のお金の流れ
国保会計の歳入は、国保加入者からの保険料約94.2億円と、一般会計からの繰入金約45.07億円を合わせた金額となり、これを財源として国保事業費納付金約127.7億円を東京都の国保会計に納付しています。
東京都の国保会計は、国からの国庫支出金や都の一般会計からの繰入金、各自治体からの納付金などを財源とし、後期高齢者医療特別会計への支援金や、各自治体への都支出金として割り振られます。このうち、中野区への都支出金は195.4億円となり、これが原資となって、医療機関への国保給付費(192.8億円)が支払われます。
この都支出金と国保給付費の金額が近い水準となっているのは、東京都による調整の結果です。参考に図3に国保会計の歳入歳出の棒グラフを示します。

図3 中野区国保特別会計の歳入・歳出
3. SWC構想と自治体負担軽減の課題
中野区が始動させたSWC構想は、健康を軸に「健康づくり」「つながりづくり」「まちづくり」を推進し、区民の行動変容と地域経済の活性化を狙うものです。具体的な施策として、歩数などに応じてポイントを付与する「中野健幸ポイント事業」などを展開します。この取り組みは図2に示す「SWCの表ターゲット」としている医療の適正化を図るものです。
しかしながら、現在の制度では、区民の努力によって国保給付費の抑制が実現しても、それに見合って都支出金が減額されてしまう仕組みとなっており、表面上の財政の改善は実現しません。
では、SWCの成果がどこで反映されるべきかというと、図2に示す「SWCの新ターゲット」、区の国保会計から都の国保会計への国保事業費納付金の減額だと考えます。
国保事業費納付金の財源には、被保険者からの保険料のほか、図4に示すように区の一般財源からの様々な繰入金が含まれます。この繰入金のうち、納付金の不足分を補うために計上されるのが「その他繰出金」であり、令和6年度決算ベースで12.66億円に上り、SWCによって抑制できる金額の上限値ともいえます。

図4 区の一般会計から国保特別会計への繰出金(国都補助・一般会計の内訳)
では「その他繰出金」をゼロ円にすることはできるのか。23区内には現時点でそれを実現している区もあります。中野区の国保料収入率は76.3%(調定額123.4億円に対し、収入済額94.2億円)で、収入未済額は21.7億円です。本来であれば、収入率を90%以上に向上できれば「その他繰出金」をゼロ円にできるとされています。
図5は令和6年度の中野区の一般会計における国民健康保険事業特別会計、後期高齢者医療特別会計および介護保険特別会計への繰出金の経年変化を示しております。令和2・3・4年度はコロナ禍で繰出金が抑制されましたが、近年上昇傾向となっております。ここで令和6年度国保会計の45億円の括弧内の数字13億は「その他繰出金」12.66億円のことを示しています。
中野区としては、従前から行っている収納率の向上に加え、SWCによる医療費の歳出抑制によって「その他繰出金」の圧縮を目指します。

図5 繰入金の推移
出典:中野区財政白書(令和6年度決算),p16
4. SWCの成果を制度に反映させるための提言
SWC取り組みを推進する上で懸念されるのは、SWCによって医療費や介護費を抑制できたとしても、最終的には東京都の判断次第で区に求められる納付金額は変動する点です。むしろ東京都は、医療費抑制の成果よりも保険料徴収の努力を評価し、そこにインセンティブを付与してくる可能性があります。
このままでは、SWCの取り組みの成果が東京都に対して正しくアピールできなければ、繰出金の抑制にはつながらず、結果的にSWCの予算がすべて区の持ち出しで終わってしまう可能性があります。
したがって、中野区長には、SWCの成果や効果が適切に制度へ反映され、自治体の財政負担の軽減につながるよう、東京都に対して制度改正や評価基準の見直しを強く要望することが求めております。






