「今日のウクライナは明日の東アジア」:ウクライナ応援団が負う説明責任

高市首相の「台湾有事は存立危機事態」発言から一カ月が経過したところだが、中国の日本叩きは、止まりそうにない。加えてレーダー照射事件が発生し、日中関係は悪化の一途をたどっている。

様々な問題が折り重なっており、事態は収拾困難だ。もともとタカ派で知られる高市首相の政権発足を、中国は警戒心を持って見ていたに違いない。この機会に、日本の軍国主義の復活の懸念、を全世界に向けて大々的に強調するキャンペーンを行っている。加えて様々な手段で経済的な締め付けも行ってきており、日本経済への悪影響も必至と思われる。

ただし、右派の中核的支持者層が中国との対峙に興奮を抑えきれない様子であるのに加え、いまだ高い内閣支持率の世論にも押されて、早期解散総選挙を決断せよとする党内からの圧力もかかる高市首相は、弱気の姿勢を見せることができない。がんじがらめの状態だ。

特段の情勢変化がないまま、日本と中国の二国間関係で進む緊張関係に、他の諸国は静観の構えだ。中国は、トランプ大統領との電話会談を繰り返しつつ国賓招待を提案した。訪中したフランスのマクロン大統領やドイツのワーデフール外相に対しても、日本批判を繰り返したとされる。日本の側も当然、支援国を見つけるための外交努力をしているとも報道される。ただし、目立った動きを作れてはいない。

この状況で思い出されるのは、「今日のウクライナは、明日の東アジア」、という岸田首相・日本政府関係者から、いわゆる「ウクライナ応援団」派の国際政治学者らに広がったメッセージだ。

もしこのメッセージが正しいとすると、日本と中国は、ウクライナとロシアのように、最悪の衝突に向かって進んでいるこになる。

高市首相(自民党HP)ゼレンスキー大統領(同大統領Fb)

ウクライナは、独立以来、親欧派と親露派の間の危うい均衡関係で、国家が成立していた。しかし2014年のマイダン革命で、親露派のヤヌコーヴィチ大統領が放逐され、親欧派が中央政府の実権を握り続けることになった。その一方で、クリミアはロシアに併合され、東部地域は分離独立運動に起因するドンバス戦争に陥った。そして2022年のロシアの全面侵攻に至る。

日本も、嫌中派と親中派の間の均衡が崩れ、高市内閣が象徴する嫌中派の路線が中央政府の実権を握り続けると、マイダン革命後のウクライナに似てくることになる。

もちろん、「ウクライナ応援団系」の方々が、「今日のウクライナは、明日の東アジア」を強調したのは、「ウクライナは勝たなければならない」という「主張」の文脈においてだった。もしロシアのウクライナ侵攻が失敗に終わらなければ、中国は台湾に侵攻する、という警告が、何度となく国際政治学者を中心とする層から発せられた。

現状はどうか。トランプ大統領の調停活動が成果を出すのか、出すとしたらいつ出すのか、は、予断を許さない状況だ。しかしいずれにせよ戦場ではロシア軍が前進し続けている。その速度が遅い云々といった論評を好む者も多いが、いずれにせよ前進し続けている。ウクライナ軍は、押されて続けている。もしアメリカの支援を減少させる判断をトランプ政権が行ったりすれば、さらに前線が崩れていく恐れすらある。現状では、「ウクライナは勝つ」見込みは、ない。

ということは、「ウクライナ応援団」の方々が正しければ、中国は台湾に侵攻する。

「ウクライナ応援団」が正しければ、中国の台湾侵攻は、不可避である。

果たして「ウクライナ応援団」の方々は、自らの主張の一つの論理的帰結を、どう説明するのだろうか。

・・・やはり気が変わった。今日のウクライナは、明日の東アジアではない・・・、と「ウクライナ応援団」の方々は、言い出すだろうか。「やっぱりよく考えてみたら、ウクライナと東アジアは全然違う」、などと言い出すだろうか。「もう一度考えてみたら、今日のウクライナは、明日の東アジアではない、とするいい方法が見つかった」、と言うだろうか。

「ウクライナ応援団」の方がが、気持ちの変化を正当化する論拠を見つけるとすれば、それは日本の大規模な軍拡だろう。中国に対峙できる軍事力を備えれば、日本はウクライナにならなくて済む、と主張するかもしれない。あるいはすでにそのように主張しているということだろう。「ウクライナ応援団」の方々は概して、日本の大規模軍拡に好意的であるのみならず、旗振り役と言ってもいい存在だ。

しかし、単なる軍拡であれば、ウクライナもやっていた。2014以降、徴兵制を復活させ、大々的な兵力増強に動いていた。2014年以前には13万人程度だったとされる総兵力は、2022年までに約25万人になっていた(全面侵攻後の現在は100万規模)。防衛支出も大幅に増加させ、GDP比では、2014年には約1.5%だったところが、2021年には約3.2%まで上昇していた。

その結果として、ウクライナ軍は、ロシアの当初の攻撃から、首都キーウは守り切ることができた。ただし、2023年以降は、苦戦している。10年近くにわたる大規模な軍拡の政策にもかかわらず、成果はロシアを圧倒できるほどまでではなかった。

日本の場合も、徴兵制を導入し、防衛費を対GDP比3%にしてみたところで、経済規模で5~6倍の中国に対しては、焼け石に水だろう。遠方の台湾防衛にまで万全の体制をとるのは、ほぼ不可能である。

ゼレンスキー大統領が、執務の相当な部分を、アメリカとの折衝に費やしているように、日本もアメリカがどこまで本気で日本を支援してくれるかが運命の分かれ道になるため、血眼になってアメリカにすがるしかない。すでにそのような状況に追い詰められているように見えるところもある。

トランプ大統領は、すでにそのような日本の苦境を見透かして、日本を支持する言葉を発することを避けている。そしてむしろ、日本はこれまでアメリカとの貿易で多大な利益をあげてきた、といったことを述べて、日本政府に心理的な圧力をかけている。

果たして「ウクライナ応援団」の方々は、「よく考えて見たら、今日のウクライナは、明日の東アジアではない」、と言うために、どれくらいの規模の軍拡を考えているだろうか。果たしてウクライナを上回るような大規模の軍拡で、中国に挑戦をするなどといった考えは、現実に実現させる可能性のあるものなのだろうか。現在でさえ様々な懸念材料が指摘されている停滞し続けている経済や、世界最悪水準の財政赤字を抱える日本が、そして人類史に類例のない急激な人口減少に見舞われ始めている日本が、そのような大規模な軍拡に耐えられるのだろうか。

「ウクライナ応援団」の方々には、説明責任がある。

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