中欧のチェコで9日、ペトル・パヴェル大統領はポピュリスト政党ANOの党首で富豪のアンドレイ・バビシュ氏(71)を新政権の首相に任命した。議会選挙(下院)から2か月が経過し、バビシュ氏率いるANO党、極右政党であるモトリスト党と「自由と直接民主主義」(SPD)の3党から成る連立政権がようやく発足する運びとなった。

任命式後、記者会見に応じるバビシュ氏、2025年12月9日、ANO公式サイトから
バビシュ氏はプラハ城で行われた任命式後、「国内だけでなく世界中のあらゆる場所で国民の利益のために戦うことを国民に誓う。チェコ共和国を地球上で最も住みやすい場所にするために、私はあらゆる努力を尽くす決意だ」と述べた。ANO党首のバビシュ氏は、トランプ米大統領の政策への支持を公言している「トランプ支持者」として知られている。バビシュ氏は2017年12月から2021年12月の間首相を務めた。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより
バビシュ氏はEU内では難民割当制の強硬な批判者だ。選挙運動中、同氏はEU移民協定を拒否し、「チェコ共和国に誰が居住するかを誰にも決めさせない」と主張している。同氏はまた、ユーロ導入とEUの「グリーンディール」を強く批判してきた。
連立パートナーのモトリスト党はEUの気候変動政策への反対を主張しており、実業家トミオ・オカムラ党首が率いるSPDは反EU、反移民、親ロシアを掲げている。3党連立政権は、下院200議席のうち108議席を占めている。新しい閣僚が全員任命されるまで、現政権下の閣僚が暫定的に職務にとどまる。同国の憲法によると、バビシュ新首相は30日以内に信任投票を実施しなければならない。
バビシュ氏はウクライナ政策ではハンガリーのオルバン政権やスロバキアのフィツォ政権と同様、ウクライナへの軍事援助には消極的だ。同氏は、保守派のペトル・フィアラ首相率いる現政権が推進してきたチェコ主導のウクライナ向け軍需品調達イニシアチブの終了を検討している。バビシュ氏は「このプログラムは透明性に欠け、費用が高すぎる」と批判してきた。
ちなみに、2011年に抗議運動として設立されたANOは、元々はリベラル志向だった。昨年から、ANOはEU議会の極右グループ「欧州の愛国者」(Patriots for Europe)に加盟している。このグループには、オーストリア自由党(FPO)とハンガリーのフィデス党も所属している。バビシュ氏は、FPO党首のヘルベルト・キックル氏とハンガリーのヴィクトル・オルバン首相と共に、ウィーンで2024年6月30日にこのEU会派「欧州の愛国者」の結成を発表している(「欧州右派3党、新しい会派を創設へ」2024年7月2日参照)。
バビシュ氏の任命に先立ち、選挙で勝利したバビシュ氏とパヴェル大統領の間で数週間にわたる権力闘争が繰り広げられた。パヴェル大統領は、実業家でありEU補助金の受給者であるバビシュ氏と、政治家であるバビシュ氏の間に生じる利益相反を解決するよう要求した。プラハからの情報によると、バビシュ氏は、自身の持株会社「アグロフェルト」を信託会社に移管することを約束することで譲歩したという(オーストリア国営放送ORFヴェブサイト)。
なお、ハンガリーのオルバン首相はバビシュ氏を祝福し、「かつての盟友が戻ってきた」と述べた。オーストリアの極右政党「自由党」(FPO)のキックル党首もバビシュ氏を讃え、「民主主義と有権者の意思の決定的な勝利」と評している。
ハンガリーのオルバン政権、スロバキアのフィツォ政権、そして今回、チェコでバビシュ政権が発足するなど、欧州ではEUのブリュッセル主導政治に反対する右派政党の政権奪回が続いている。反EU政策を標榜し、親ロシア傾向の右派政党の拡散は、EUから武器支援を受けてきたウクライナにとって逆風だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






