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「ニューコーク」をご存知でしょうか?
1980年代、ペプシはコーラ業界で先行するコカ・コーラを猛追していました。
1981年には「ペプシ・チャレンジ」というキャンペーンを大々的に行いました。
消費者にブランド名を伏せて、目隠しでペプシとコカ・コーラを飲み比べさせて、おいしい方を選んでもらうと、それはペプシでした、と言うキャンペーンを、当時最も影響力があったメディアであるテレビCMで流したのです
実際、味覚調査ではペプシは高評価だったのです。
業界トップのコカ・コーラにとって面白くありません。「ペプシに勝つぞ」と考え、味覚を改善したコークを開発。20万人の消費者に事前調査し、万全な体制でニューコークを発売しました。
完璧な戦略に思えますが、これが大失敗でした。
コカ・コーラの既存顧客が激怒したのです。
「私のコークに、何すんの?」
彼らは、あのクセがある独特なコークの味を愛していたのです。
コカ・コーラは急遽、以前のコークを「コカ・コーラ・クラシック」と名付けて、発売。
すると消費者は熱狂し、以前よりも売上が増えました。
これがコカ・コーラの黒歴史として語り継がれる有名な「ニューコーク事件」です。
さて、なぜニューコークは失敗したのでしょうか?
行動経済学者ダン・アリエリーの名著『予想どおりに不合理』に、そのヒントが書かれています。
本書でアリエリーは、マクルーアらによるコカ・コーラとペプシの味覚実験を紹介しています。
実験では、fMRIにより脳の活動をモニターしている状態で被験者にコカ・コーラとペプシを飲み比べてもらい、脳の反応を観察しました。
ここで一工夫して、飲み物の名前を隠したパターンと明示したパターンで、違いを比較したのです。
名前を隠すパターンでは、感情的な絆を強く感じる脳の内側部分(腹内側前頭前野)が刺激されました。
一方で名前が分かっている時は大きな違いが出ました。
「コカ・コーラを飲む」と分かっているときは、連想・高次認知・高次観念などの人間の高次脳機能にかかわる脳の前方部分(背外側前頭前野)が活発になったのです。
ペプシも活発になりましたが、コカ・コーラの方が強い反応でした。
これは重要なことを教えてくれます。
消費者は、味覚だけでコカ・コーラを選んでいない、ということです。
ニューコークを発売した時、コカ・コーラはこう考えました。
「旨ければ、勝てる」
そこでペプシに劣っていたコカ・コーラの味を改善して、ニューコークを発売したのですが、実際には消費者は「旨さ」だけでなく、コカ・コーラだけが持っている「独自性」で選んでいたのです。
その独自性とは、「コカ・コーラ」という名前だったり、あの独特の瓶だったり、真っ赤な缶だったり、赤いロゴだったり、あのクセがある独特の味だったりします。
さて、いまこの文章を読んでいるあなたは、もしかしたら、あの茶色い液体と、炭酸の泡が次々と浮かび上がって「シュワー」という独特のシズル音が、頭の中に浮かんでいるかもしれません。
このように「コカ・コーラ」という名前を聞いて脳内に浮かぶ様々な記憶が、そのブランドだけが持つ「独自性」です。
この実験でわかったのは、ペプシよりもコカ・コーラの方が、こうした独自性が強く、結果として強いブランドである、ということです。
つまりブランドの価値とは、そのブランドの「便益」(この場合は旨さ)と、そのブランドの「独自性」(「コーラ」で連想する様々な記憶)の合計です。
目隠しテストだとペプシの方が上回るのに、コカ・コーラの方が売れるのは、便益と独自性の合計がペプシを上回り、競争優位性を持っているからなのです。
この便益と独自性が、「ブランドの本質」です。
「マーケティングの父」とも呼ばれるコトラーは著書『マーケティング・マネージメント 原書16版』で、こう述べています。
「ブランドの目的は、企業が生産する製品やサービスを識別し、競合他社の製品やサービスと差別化することであり、その過程で、提供物としての製品やサービスを超えた独自の価値を創造する」
コカ・コーラをペプシと識別するのは単にロゴだけでなく、あの瓶の形状、赤い缶、独特のシズル音、これまで私たちが見てきた無数のCM、そしてコカ・コーラを飲んだ私たちの数多くの体験です。
これらの様々な記憶が、脳内に記憶の連鎖を形成し、その中核にコカ・コーラというブランドが位置づけられているから、コカ・コーラは強いブランドとして認知されているのです。
ただ「記憶の連鎖」という概念はイマイチ分かりにくいので、コーラ絡みでもう一つ事例を紹介しましょう。
2018年に透明飲料が大きなブームになりました。透明なお茶や透明なラテ、さらに透明なノンアルビールが、各社から次々と発売されました。
この時、コカ・コーラも透明な「コカ・コーラ・クリア」を発売しました。
しかし当時発売された透明飲料は、コカ・コーラ・クリアも含めて大失敗しました。
2018年当時、私はものは試しと、当時話題になった「コカ・コーラ・クリア」を飲んでみました。透明なのに、味はコーラそのものでした。
「コーラ」と聞くと即座にあのカラメル色の液体を連想する私にとって、「透明なのに、コーラの味がする」というのは不思議な感覚でした。透明にするため、カラメルを使わず製造したそうです。
日本経済新聞の記事『データで読む消費 透明飲料、定番の道遠く 「味変わらない」の声も』(2018年7月19日掲載)によると、来店1,000人あたりのコカ・コーラ・クリアの購入額の推移は、次の通りでした(スーパー460店のPOSデータ調査)。
6月11日週(発売時):1294円
6月18日週:半額以下
7月の週:1/6に
発売直後は注目されて買われましたが、その後は飽きられ、誰もリピートして買わなくなるパターンが読み取れます。
ここからわかることは、「色」もブランドの重要な一部だ、ということです。
ブランドとは消費者の様々な体験による記憶の集合体なのです。形も触感も色も、ブランドの大事な一部です。
コーラの場合、あのカラメル色の液体を見ながら、ちょっと鼻にツンとくるコーラ独特の味を味わうことで、私たちは「ああ、コーラを飲んでいるんだな」と認識するのです。
想像してみてください。味噌汁が味や香りをそのままに、透明化したらどうでしょう?
「ちょっと違う…」「それは味噌汁じゃないよ」と感じる人が多いのではないでしょうか?
味は味噌汁そのものでも、透明になった途端、味噌汁とは違う「何か別のモノ」になります。あの茶色い味噌の色も含め、私たちは「味噌汁」として認知するのです。
コカ・コーラ・クリアは「カラメル色の液体」、そしてニューコークも「あの独特の味」という、コカ・コーラの重要な独自性の一部を自ら否定した結果、失敗したのです。
このようにブランドの独自性を理解することは、極めて大事なことです。
あなたのブランドの「独自性」は何でしょうか?
編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2025年12月16日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。






