「当社の強みは強いブランド力」という考え方は、ヤバい

「当社の強みは、強いブランド力だよ」

若手社員から企業の経営幹部まで、こう考える方は少なくありません。

でもこの考え方は、実にヤバいのです。

ロボット掃除機「ルンバ」を手がける米国アイロボットのゲイリー・コーエンCEOは、2025年4月に来日の際に、テレビ東京のインタビューでこう答えました。

「中国製品にないものの1つは、当社のブランド力だ」

ではビジネスはどうでしょうか?

世界のロボット掃除機の市場シェアは、2016年はアイロボットが30%、中国の大手4社は23%程度。しかしアイロボットはシェアが低下し続け、9年後の2025年には15%に半減。中国の大手4社は40%になりました。

2025年12月、業績不振が続いたアイロボットは破産法適用を申請。中国企業の傘下で事業を継続する見込みです。この時、コーエンCEOは日本経済新聞の取材にこう答えています。

「(中国の)競合企業に対し、製品の技術革新で4年分遅れていた」

コーエンさんがアイロボットCEOに就任したのは、2024年でした。彼が「当社のブランド力」と語ったのは、裏を返せばこの時点で「頼るものはブランド力だけ」という状態だった、ということなのでしょう。

アイロボットは「ロボット掃除機市場」を立ち上げましたが技術革新を続けられず、一方で新規事業も立ち上げられないまま、挑戦を続ける中国企業に追い抜かされ、最後はブランド力だけに頼る状態に陥り、破綻したのです。

アイロボットの失敗は、大事なことを教えてくれます。

「過去のブランド力に頼り続けるだけでは、衰退する」ということです。

ブランドとは「企業の資産」です。「ブランドの父」と称されるデービッド・アーカーは「ブランド・エクイティ」という考え方を提唱してます。

私たちがコツコツ地道に貯金をすると、時間がたてば大きな財産になります。ブランド・エクイティも同じです。

顧客満足やよい評判をコツコツと積み上げた結果、強いブランド・エクイティが生まれて、強いブランドになるのです。

しかしコツコツ貯金をやめて貯金を散財し始めると、財産は急激に減り、最後は一文無しです。ブランドも同じです。顧客満足やよい評判を積み上げることを怠り、過去のブランドに頼るようになると、ブランド力は急速に失われます。最後に待つのは、アイロボットのような破綻です。

では、どうすれば良いのでしょうか?

ブランド・エクイティを高めるために必要なのは、具体的な『便益』と『独自性』を磨き続けることです。

『具体的な便益』とは、お客様が「買う理由」のことです。

ただ便益というと、製品の便益(機能的便益)しか考えない人が多いのが現実です。実際には他にも、後で紹介するように「情緒的便益」「社会的便益」、さらに「自己表現的便益」があります。

また具体的な『独自性』とは、お客様が「他を買わない理由」のことです。重要な点は「比較級で考えないこと」です。「他より軽い」「他より多機能」といってる時点で、他と比較しています。そうではなく、「他と区別して、識別すること」を考えるのです。

そこで、ある例で紹介したいと思います。

10年以上前のこと。

いまの私はお酒を飲みませんが、当時はお酒を多少たしなんでいたので、ある高級フレンチ主宰のワイン会に参加しました。このワイン会にユーハイムの社員が参加していました。仕事で参加しているそうです。

(なんでバームクーヘンのユーハイムの社員が、ワイン会に参加するのだろう?)

そこで聞いてみると、「本物とは何か、理解したいんです」とおっしゃいます。

それから10年以上経った2022年のこと。

ユーハイムは日本開業100周年を機に、企業理念を再定義し、ブランドを再構築しました。

まず、パーパスを明確にしました。

『お菓子には世界を平和にする力がある Peace by Piece』

そしてミッションも明確にしました。

『純正自然の美味しさを多くの人々に届け、笑顔をもたらす存在になる』

実際に同社は、1969年から不要な添加物を使わず自然原料だけで作ることを徹底してきました。

そして「便益の強化」も続けています。

ユーハイムは、「安心して大切な人に食べさせられるおいしさ(無添製造/純正自然)」に徹底してこだっています。

これは顧客に対して、「美味しさや品質」という機能的便益と、「ユーハイムは安心して信頼できる」という情緒的便益を生み出しています。

さらに店舗でできたてバームクーヘンを提供し、かつフードロスも削減するために、THEOというAIバームクーヘン製造マシンを各店舗で展開し始めています。こうした取り組みも「社会的便益」を生み出しています。

では「独自性の強化」はどうでしょうか?

ユーハイムは「/0(スラッシュゼロ)」という活動を行っています。

下の図は、同社ホームページに掲載されている情報です。このように、食品表示の「原材料名」の欄には、食品添加物が「/スラッシュ」以降に書かれています。多くのバームクーヘンには添加物が書かれています。でもユーハイムには添加物が一切ありません。まさにユーハイムしかできない独自性です。

ユーハイムのホームページより

あわせて下の図のように、ロゴも刷新しました。

実はこのロゴにも、徹底した創業以来のこだわりがあります。

カール・ユーハイムは1886年にドイツ帝国のプロイセン王国で生まれ、1908年にドイツの租借地だった中国・青島市で喫茶店に就職。

その後、日本に捕虜として連れてこられて、1919年に広島で日本で初めてバームクーヘンを焼きました。1922年には日本での永住を決意して、横浜で日本の一号店「ユーハイム」をオープンしました。

まずこのロゴの1番上にあるJuchheim(ユーハイム)という文字は、カール・ユーハイムがバタークリームで綴った「クリーム文字」を再現しています。

また、黒は「Pride(職人の系譜)」、白は「Pure(純正材料)」、赤は「Passion(無添製造)」を意味しています。

この三色、実はカール・ユーハイムの出身地であるドイツ帝国の国旗なのです。

まさに十数年前に私はユーハイムの社員から聞いた「本物」を徹底して追究するこだわりが感じられます。

このユーハイムの挑戦には、私たちがブランド戦略で考えるべきことが凝縮されています。

まず自分たちのこだわりを見極めること。

そして、自分たちの顧客にとっての便益(顧客が買う理由)と、他では代替できない独自性(顧客が他を買わない理由)を見極めた上で、常に強化し続ける地道な取り組みが、強いブランドを創り上げていくのです。

逆に「当社の強みは過去に築いたブランド力」と考えて、こうした努力を怠るようになると、次第に衰退していくのです。

御社のこだわりは、何でしょうか?

そのこだわりを追究するために、便益と独自性をどのように磨き続けているでしょうか?

【参考情報】

・テレビ東京 ワールドビジネスサテライト 2025.12.15放送より
・『「ルンバ」の米アイロボットCEO「技術、中国に4年遅れ」』日本経済新聞 2025.12.20
・『ブランド・エクイティ戦略』(デービッド・アーカー著)
・ユーハイムのホームページ


編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2025年12月23日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。