ブルガリア、政情不安の中ユーロ導入

東欧のブルガリアが今年1月1日を期して欧州単一通貨ユーロ圏に入った(旧通貨レフ)。欧州連合(EU)27カ国の中でも所得水準が最下位の同国が21番目のユーロ国メンバーとなったわけだ。

ジェリャスコフ首相、ユーロ導入を懸念する国民に対話呼びかける。2025年12月30日 ブルガリア政府公式サイトから

ユーロ導入は一般に繁栄と経済の安全保障と言われてきたが、ブルガリアでは欧州共通通貨への移行は必ずしも歓迎されているわけではない。ユーロ導入について、ブルガリアでは期待と懸念で分かれている。ユーロの信用力を背景として観光や投資の促進、取引コストの削減が期待される一方、国民の間では「便乗値上げ」によるインフレへの不安が強く、世論調査では導入反対が賛成を上回っていた。最新のユーロバロメーター調査によると、ブルガリア国民640万人のほぼ半数がユーロ導入に反対だった。

欧州中央銀行(ECB)のクリスティーヌ・ラガルド総裁はブルガリアの首都ソフィアで、「ユーロ圏加盟のメリットは大きい」と強調し、貿易の円滑化、コストの削減、物価の安定などをその理由に挙げた。消費者物価への影響については、「中程度で一時的なもの」と付け加えている。

国内のユーロ支持派は「ユーロ導入は経済を活性化させるだけでなく、西側諸国との結びつきを強化し、ブルガリアをロシアの影響から守る効果も持つ」と強調する。一方、親ロシア派の民族主義野党「ヴァザルジュダネ(再生)」はユーロ導入に強く反対している、といった具合だ。

ところで、ブルガリアの政情は不安定だ。2024年10月の選挙後、中道右派(GERB・UDF)、左派(BSP)、ポピュリスト(ITN)の3党連立政権が発足したが、議会は分裂状態にあり、連立政権の基盤は盤石ではない。そしてユーロ導入を控えた2025年12月11日、ローセン・ジェリャズコフ(RosenZhelyazkov)首相率いる連立政権は、2026年度予算案への不満や汚職に対する大規模な抗議デモを受けて総辞職したのだ。同国では今年早々にも、過去4年間で8回目となる再選挙が行われる予定だ。

なお、ジェリャスコフ首相は12月30日、「ユーロメカニズムを基盤に、調整センターを設置し、市民や企業と積極的なコミュニケーションを図る。レフからユーロへの移行に伴う課題が直面する今後数か月、調整センターの役割は特に重要になる」と述べ、ユーロ導入を懸念する国民に対話を呼びかけている(ブルガリア政府公式サイト)。

ブルガリアといえば、当方には、35年間余り続いてきたジフコフ独裁政権が崩壊し、民主化直後誕生したジェレフ大統領時代の思い出がある。1990年11月7日、ソフィアの大統領官邸でブルガリアの民主化後の初代大統領ジェリュ・ジェレフ氏(在位1990年8月~1997年1月)と単独会見したことがある。

ブルガリア民主化後の初代大統領、ジェレフ大統領との会見 1990年11月7日

ジェレフ大統領との会見のためにソフィア入りした日、ソフィア市内は一時停電に見舞われた。ジェレフ大統領は会見で、「ブルガリアは『欧州共通の家』構築に大きな希望を持っている。その『家』にわが国も一員として参加したい。そのためにもわが国の民主主義の発展と、経済の発展が要求される。欧州の統合に参加することで、ブルガリアはまた国境問題、国の安全が保障されることになる。わが国は自尊心を失うことなく、欧州の一員となりたい」と語った。

ポーランドのように急激な経済改革(ショック療法)に賛成するか、ハンガリーのように段階的な改革に同意するかと聞くと、ジェレフ大統領は「ブルガリアを含む東欧諸国の経済改革には‘ショック‘はあっても、セラピー(療法)がないのが実情だ」と笑顔を見せながら答えたことを今でも覚えている。

そのブルガリアは2004年3月、北大西洋条約機構(NATO)に、2007年1月にEUに加盟した。そして2026年1月、ユーロに加盟したわけだ。1989年に共産党独裁政権崩壊後、37年が経過したが、同国の欧州統合は大きく進展した。欧州統合プロセスではジェレフ氏の夢は実現したわけだ。

ただ、現在のブルガリアは、欧州統合の深化という悲願を達成した一方、国内の政治的対立と経済的不安により、非常に不透明な政情下にあるといわざるを得ない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。