「力による現状変更」が前例になるという懸念
米国によるベネズエラへの軍事行動とマドゥロ大統領の捕獲を受け、国際社会では「力による現状変更」が事実上正当化され、武力行使をめぐる国際的な規範が崩れるのではないかという議論が浮上している。その延長線上で、中国が台湾への武力侵攻に踏み切る誘因になるのではないか、という見方も専門家の間で語られている。
しかし、この連想は本当に妥当なのだろうか。
台湾有事論の前提にある「国際規範」観
台湾有事の可能性が高まると主張するためには、中国が国際的な規範、すなわち「ルールに基づく国際秩序」によって強く行動を縛られている、という前提に立つ必要がある。しかし、この前提そのものが疑わしい。
中国は一貫して、台湾併合を「国内問題」と位置づけてきた。台湾問題を国際秩序の枠組みで判断するという発想自体が、中国の意思決定ロジックとは噛み合っていない。

トランプ米大統領と中国・習国家主席が会談 トランプ大統領と習国家主席 2025年10月30日 ホワイトハウスXより
中国は「やるか否か」ではなく「どうやるか」を考える
さらに米国政府の分析でも、現時点では中国が台湾を軍事的に確実に制圧できる能力を欠いているとされている。中国の関心は、「してはならないことをするかどうか」という規範的判断ではない。
むしろ、「やるとすれば、どのようにすれば最小限のリスクで目的を達成できるか」という冷徹な国益計算こそが、意思決定の中心にある。台湾侵攻がもたらす軍事的・経済的・外交的コストが高止まりしている限り、他地域での軍事行動が直接的な引き金になる可能性は低い。
「リベラルな国際秩序」はどこまで実在したのか
そもそも、冷戦後に語られてきた「リベラルな国際秩序」や「ルールに基づく国際秩序」は、歴史的にどこまで実体を伴って存在してきたのだろうか。
国際政治学者のマーク・トラクテンバーグの研究が示すように、第二次世界大戦後の国際秩序は、しばしば一貫した規範体系として描かれるが、その多くは歴史的証拠によって十分に裏付けられていない。NATOやブレトンウッズ体制も、理想主義的な規範の産物というより、当時の大国間の勢力均衡と国益計算の結果として成立した側面が大きい。
台湾海峡の安定に必要なのは「規範」ではない
台湾と台湾海峡の安定は、日本を含む世界各国の経済安全保障に直結する死活的な問題である。その安定を守るために重要なのは、国際規範の動揺を過度に恐れることではない。
中国が武力侵攻を選択した場合のコストを、常に耐えがたい水準に保ち続けることこそが、現実的な抑止となる。
最終的に戦争を防ぐのは、道義的な批判や抽象的な規範ではない。ハードパワーを基礎としたパワーバランスと、それに基づく冷静な国益計算である。
台湾有事を回避する鍵もまた、理念ではなく現実にある。






