遺言:なぜ身内で醜い争いが起きるのか

北米である程度のビジネスをしている方なら50代で遺言を作るのが当たり前とされています。私の知り合いのフィナンシャルプランナーが「ひろさん、遺言、作りましたか?」と10年ぐらい前に聞いてきたときは少々早いのではないかと思ったりもしたものです。その後、そのような話題に接するたびに、「なるほど、死んだときの道筋を作っておかないと残された人や関係者が困るのだな」という認識はしています。

ではなぜおまえはまだ遺言を作っていないのだ、というと正直な話「高かったから」であります。当時、私が言われた遺言は弁護士に作ってもらえば基本の文書作成料プラス遺言の金額に基づく%の費用がかかるとされていたのです。その詳細は忘れましたが5%とか7%といった論外な比率の額を要求するものでした。なぜ遺言作成と管理料が遺産額に応じて金額が変わるのか全く理解できず、「おちおち死ぬわけにもいかないな」と思いとどまってしまったのであります。

今は遺言も様々な形で相当廉価、それこそ数千円程度でできるような仕組みが増え、日本ではデジタル遺言もでき、法改正も進む中、今改めて遺言作成は考えるべきかな、と思っています。私の場合の最大の難点は自分の会社の株を持っていること。これが厄介なのであります。なぜなら死んだとき、誰かにそれを渡すのにキャピタルゲイン課税があるわけでこれをどうするのか、という点がなかなか難しいのであります。一応、私も勉強し、カナダでは優先株を発行することで将来の潜在的な増加するであろう価値を現在の価値にフリーズさせる方法があり、それを採用するのが一番便利なのですが、いずれにせよ、遺言より前に会社をどうしたいのか決める必要があるのです。私が個人口座で持っている小銭はどうにでもなるのでそんなものは心配の種にはなりません。

日本は少子化で親の遺産を継ぐのは一人の子供というケースも増えてきたと思います。また昔は親戚もたくさんいたのかもしれませんが、これも減る方向にあり、親の遺産が誰かに取られるリスクは少なくなってきているかもしれません。ただ、法定相続人ならまだしも故人の遺志によりどうにでも振り分けられる遺書はある意味、恐ろしいものがあります。そこから身内の血みどろの戦いが始まったケースは枚挙にいとまがありません。

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私には関係なかったのですが、身内で起きた醜い争いを見た時、遺産額の大小ではなく、如何に関係者が遺産に期待をしており、期待が裏切られた時の人間関係の変わり様に怖いものを感じたのです。それこそ、お金や不動産に限らず、様々な動産、それこそテレビやITガジェット、故人の趣味のコレクションなどすべての価値ありそうなものが取り合いにある点において故人は故人になる前に責任をもって調整をしておいた方が良いと言えます。

北米では資産はあくまでも使い切るのが前提でそれが出来ない場合に子供らに分けるという考え方です。使い切れない場合は寄付をしてしまう人も多く、子供に少しでも多く残してあげようという発想はこちらはそこまで優先されません。その点では日本の親がひたすら子供の幸せを願って年金も使わず、貯蓄していたという涙ぐましい努力をされている高齢者の方の話を聞くと、個人的には何でそこまで子供にしてあげるのだろう、自分の人生を通じて自分で稼いだお金や年金は自分の余生をしっかり楽しむものではないかと思うのであります。

それを言うと「死ぬまでにいくらかかるかわからないじゃないか?」という意見が出ると思いますが、こちらでは足りなければ子供が支援するのだろうと思います。もちろん、世の中の全ての家族がそんなにシンプルではないのは百も承知です。あくまでも考え方の一つとして捉えて頂ければよいと思います。

最後に認知症のケースですが、なかなか遺言も難しいでしょう。またどこの段階で認知症の自意識が生まれるのかも分かりにくいものです。その点からも早めに作って数年に一度見直すぐらいの感じするのがベストなのでしょうね。認知症は20年ぐらいかけてデベロップされるのでお子さんとしては「あとでいくらでも書き換えできるからまずは作ろうね」と背中を押すのが良いのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年1月25日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。