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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
日本と中国との関係はついに「真実の時」を迎えた。中国が日本に対して、共産党政権の本質といえる対日敵性をむき出しにしたと同時に、日本側も高市政権を主軸に官民ともにその中国の反日の敵性を客観的に認識したようだからだ。つまりは日中関係を両国が本音で語るようになった。だから高市首相の台湾有事の日本への影響についての発言は貴重だった。中国側の年来の日本への敵性をわかりやすく陽光の下にさらけだしたからだ。
中国側はまず大阪駐在の総領事が高市首相を指して、「その汚い首を斬ってやる」という暴言を発した。その直後から中国は日本の国のあり方への悪口雑言を洪水のようにぶつけてきた。日本はまだ軍国主義だとか、中国を侵略するとか、さらに中国人の日本訪問を抑え、レアアースなどの戦略関連物資の対日輸出を制限するとも宣言した。中国は日本の国家や国民の根幹を敵視し、否定するというふうなのだ。
私はこの認識を過去30年ほどの北京、東京、ワシントンの三拠点での考察からまとめている。その考察では日本側で中国と深くかかわる人たちこそ、その中国の反日敵性についての明言を避けてきた。だがその敵性がいまや日本国民の多数派にとって、きわめて明白となったのだ。この変化は日本の対外政策という点からみれば、健全きわまる現象である。
日本側では大手メディアも含めて「高市発言によって日中関係が悪化した」と評する向きがあるが、とんでもない。日本の首相の日本国の従来の政策表明に対して中国が理不尽な行動をとったからこそ両国関係に荒波が立ったのだ。
では中国側の日本に対する敵性とはなにか。具体例を五本の柱にまとめて報告しよう。
第一は中国共産党の抗日の名の下での構造的な反日政策である。
中国共産党政権は建国宣言の1949年から77年後の現在にいたるまで日本の軍国主義勢力を打倒し、中国人民全体を解放したという「歴史的な実績」を最大の偉業としてきた。2025年9月の天安門広場での「抗日戦争勝利記念集会」はその象徴だった。
中国共産党こそが戦前の日本が代表した世界のファシズム勢力を打倒して、中国人民の勝利をもたらしたと主張する。歴史上の事実とは異なる主張である。だが中国共産党はこの偉業のために中国人民を永遠に統治する資格を有するという政治誇示と一体になった主張なのだ。
だから中国共産党のその永遠の統治の正統性のために、日本はいつまでも悪者でなければならない。そのための反日政治宣伝を党是、国是として一貫して続けるのだ。中国の国定教科書では日本については小学生の段階から「南京大虐殺」といった戦時の残虐行為だけを教える。中学、高校でも同様である。戦後の日本の平和主義志向や対中友好の巨額の経済援助などにはまったく触れない。
中国共産党政権は国内各地に日本軍の残虐行為を過大に誇示する巨大な博物館や陳列場を保持し、毎年、盛大な記念行事を催す。盧溝橋、柳条湖、南京などでの毎年の反日の記念行事には国家首脳級の要人が出て、共産党の日本打倒の業績を祝う。実際には中国共産党勢力が中国内部で日本軍と戦ったという実績はきわめて少ないのである。
だが中国の一般向けの映画やテレビでも日本軍の残虐行為を主題にした作品ばかりがこれでもか、これでもかと放映される。米欧の専門家たちは中国共産党の反日を「中国人民を日本の軍国主義から解放し、全国を統一したという誇りを独裁支配の永遠の継続の正統性とする」と分析する。だから中国共産党政権のDNAには反日が刷り込まれていると述べても過言ではないのだ。
中国の日本への敵性の第二は日本が帰属する国際秩序の否定である。
日本は戦後の米国主導の国際秩序の中で平和と繁栄を享受してきた。自由民主主義や個人の人権尊重、法の支配という理念に始まり、国際連合、さらには米国主体の欧州やアジアでの安全保障同盟などが柱である。具体的には北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟である。
だが中国は習近平国家主席が米国主導の国際秩序の打破を目指す。つまり日本が生存してきた秩序に反対するのだ。習氏は国家主席に就任後まもない2013年4月に排除すべきイデオロギーとして「西側の民主主義の宣伝」や「人権の普遍的な価値の宣伝」をあげた。「九号文件」と呼ばれる重要声明だった。日本を含む西側の国際秩序の否定だった。
中国共産党政権がどのような国際秩序、つまりグローバル統治を目指すのかの確定は難しい。だが米国や日本が帰属してきた国際秩序の打倒という方針は確実である。習近平主席はより明確な形で中国が志向する国際秩序について語った。2018年6月、外交関連の主要人物をすべて北京に集めての「中央外事工作会議」だった。
習主席はこの会議で主要演説で以下の骨子を述べた。
「中国はグローバルな統治を刷新するための道を指導していかねばならない。同時に中国は全世界における影響力をさらに増していく」
「中国は近代的で強力な社会主義国として国際社会の責任ある一員となり、多くの開発途上国を天然の同盟軍として、新時代の中国の特色ある社会主義外交思想を作りあげてきた。この路線をさらに継続し、強化する」
「新たな国際秩序の構築のために中国主導の巨大な経済圏構想『一帯一路』や『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』をさらに発展させる」
上記の趣旨をみただけでも、日本が参加してきた国際秩序の否定であることが明白となる。つまり中国が求める国際秩序とはま中国が主体となり、社会主義を基調とすると宣言しているからだ、しかも「一帯一路」構想などは日本が明確に参加を拒否してきた対象なのである。
第三は中国による日本の国家安全保障政策の否定である。
日本の自国防衛の基本策は日米同盟である。日本は戦後すぐに占領米軍の司令部が起草した新憲法を押しつけられ、自国を防衛する権利を抑えられた。独自の自衛力を保つことも禁じられた。そのかわりに自国の安全保障は米国の強大な軍事力に頼ることとした。その後は米側の対日政策の修正や日本側での自衛への希求により、現実にはある程度の軍事力を持つ自衛隊が誕生した。
こうした歴史の過程では中国政府は一貫して、米軍のアジア駐留、とくに在日米軍の存在には反対してきた。東アジア、西太平洋は中国の独自の勢力圏とするアジア覇権の志向が国策なのだ。その野望はときおり太平洋を米国と東西に二分して、西側は中国の覇権内とする「G2」構想などの主唱であらわとなる。
米国は歴代政権がアジアでの存在を堅く続けてきた。日米同盟も縮小や解消へ向かう気配はこれまでまったくなかった。だから中国からすれば日米同盟反対をいくら叫んだところでその実効が現れることはない。
しかし日米両国が既存の同盟関係を強化する動きに対しては中国は必ず猛烈に反対する。たとえば2015年の「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」作成とか2000年の「日米共同のミサイル防衛網構築」などへの中国政府の反対は激しかった。
私自身、日米ミサイル防衛の構想が決まりかけた2000年には北京に駐在していて中国側のものすごい反対キャンペーンを目撃した。文字通り連日、中国政府の外務省、国防省、人民解放軍の幹部たちが記者会見を開いて、日本に対して米国と合同のミサイル防衛網の構築は危険きわまると宣伝するのだった。
その種の会見で私自身が「ミサイル防衛はあくまで攻撃用ではなく防御用だから中国への脅威はないではないか」と質問すると、相手の外務省高官が激怒して、「中国に侵略して、膨大な損害を与えた日本の記者がそんな不遜な質問がよくできるな!」と怒鳴られるという体験もあった。
第四は中国が日本の領土を軍事力で奪取しようとする敵性である。
周知のように中国政府は日本固有の領土の尖閣諸島周辺に連日のように武装艦艇を侵入させ。その領有権を誇示しようとしている。尖閣諸島は本来、中国に帰属する釣魚諸島だと主張するのだ。その結果、沖縄県の尖閣諸島を自国領のようにみなし、毎週、尖閣周辺の日本領海に中国側の武装艦艇が侵入してくる。日本のメディアの多くがこれら艦艇を中国側の名称通りに「中国公船」と呼び、その行動を正常の出来事にように扱う。
だがこの船を動かす中国海警という組織は中国人民解放軍の一部である武装警察なのだ。中国海警察の武装艦艇は尖閣周辺の日本領海のすぐ外側にある日本側の接続水域にはほぼ連日、侵入してくる。本来は日本側の了承がなければ、侵入できない水域なのだ。中国側のこうした動きの背景にあるのは日本領土の尖閣諸島を武力を使ってでも奪取しようとする明確な意図である。
そもそも中国側は尖閣諸島を統治したり、実効支配した経歴はまったくない。1960年代に国連関連機関が東シナ海の尖閣周辺の海底資源調査を実施して、巨大な海底油田が存在する可能性があるという結果を発表した直後から中国政府は突然、しかも初めて尖閣諸島の領有を主張するようになったのだ。
中国は沖縄に対しても領土的な野心をちらつかせている。そもそも中国は沖縄に対する日本の主権や領有権を認めたことは一度もない。かつて中国側の朝貢国だった琉球王朝とのつながりをことさら強調する。その琉球王朝の末裔を中国本土に招いて歓待する。要するに中国は尖閣諸島と沖縄全体の両方に関して日本側の領土を奪取する構えを崩していないのだ。
第五に中国は共産党独裁を堅持し、日本側の民主主義の複数政党制を否定する点である。
中国共産党政権は競合政党の存在を認めない。この点だけでも日本の政治システムの頭からの否定である。日本では自明とされる主権在民、三権分離、国民一般の選挙というような民主主義政治の基本も中国では全面否定なのだ。
私が中国に駐在した1998年から2000年にかけて、一部の民主活動家が共産党の独裁支配に反抗して、「中国民主党」の結成を呼びかけた。散発的ながら国内の各地で賛同の動きも広がった。だが中国政府はそのたびにその活動家たちを弾圧した。最後は2000年11月に中国民主党の最高指導者を北京で逮捕し、裁判にかけた。時の江沢民政権はその指導者に懲役14年という懲罰を加えた。要するに政治の制度も中国と日本とでは水と油なのである。
だから日本側の政治家の多くが加わる「日中友好議員連盟」という組織も茶番だといえる。なぜなら中国側には日本でのよう一般有権者によって選挙で選ばれる議員は存在しないからだ。ただし中国側には全国人民代表大会(全人代)と呼ばれる。一種の立法機関は存在する。全国各地から選ばれた代表約3000人が毎年一度、北京に集まり、憲法や法律の改正や国家予算の承認をする。
この活動だけみれば立法府という感じもする。しかしその代議員たちは一般からの選挙では選ばれない。みな各地の共産党により任命されるのだ。だから日本側の議員とは同じ資格ではないのである。日中両国間の議員同士の交流という看板にはおおきな偽りありなのだ。
以上、具体的に指摘してきた中国共産党政権の日本に対する姿勢のなかの敵性部分はあまりにも歴然としている。しかも国家と国家、国民と国民という関係でのその敵性は断層とも呼べる深淵さなのである。日本にとっての中華人民共和国という国家はそういう存在なのである。
これまで日本側では、まるでそうではないような偽装が対中外交の主要部分にさえなってきた。しかしいまや日中間の実態が明るみに出たといえるのだ。その日中関係の真実にいまや日本側でも直面する時機がきたのである。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2026年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。






