北米に35年住んで経済格差の広がりを時間と共に肌身で感じてきました。私が1982年にアメリカにいき、すっかり虜になってしまったのはその「国力」だったのですが、そこには多くの国民が夢と希望と未来を描いていたからかもしれません。田舎のお嬢さんがブロードウェイのミュージカルのスターダムにのし上がるようなサクセスストーリーは当時、アメリカの「当たり前」でした。そして世界中の人々が可能性とサクセスを求めてアメリカにやってきたのです。
もちろん、この傾向は今でも残っていると思いますが、海外から来る人達のタイプは多少変化があったかもしれません。かつては世界各国の各分野で最高レベルの人たちがアメリカに渡り世界最高水準を求めたのが歴史ですが、近年は自国が嫌でsafe heaven的にアメリカに渡るなど生活や生存防衛的なケースや単純に稼ぎに来た人も増えたように感じます。
一方私が隣国から見ている限り、アメリカで上を目指す人々は「へとへと」になってきているように見えます。「ストレスの限り」でSASUKEより大変です。なぜならSASUKEは自分の能力があれば誰でも何人でもゴール出来る絶対評価ですが、アメリカの出世争いは相対評価でどれだけ仕事ができても時の運とか、足を引っ張る連中も多く、生き残り競争は死に物狂いだからです。「おクスリ」を使いたくなる人がいるのもそのストレスレベルが高すぎるからで、トップを目指す人達の働き方は日本人の想像を超えます。
この「振り落とし競争」で結局、勝ち抜けるのは一握りもいないわけです。そこで将来のチャンスがないと判断した人たちは転職をしながら自分の適所を見つけるための「就労の旅」をするのです。
もう一つのグループはそもそも上の世界を目指さない、あるいは目指せない普通の勤労者です。彼らは日本のサラリーマンと似ていて、もらえる給与は枠組みで決定しています。ましてや労働組合がある職場ですと賃上げ率は知れており、果てしなく上がる物価で実質的な生活水準の低下、あるいは自由度が無くなってくるのです。例えば住んでいるアパートが古くなったり、手狭になった時、かつてなら引っ越しするのは何ら不自由がなかったのですが、今では賃料が上がり過ぎて引っ越し出来ないという悲鳴すら聞こえます。
では日本はどうでしょうか?物価は毎年、コンスタントに上がり続け、今年も来年もずっと上がると見込まれています。すると物価上昇に適応力が少ない高齢者や一般勤労者は年金や給与が実質減っていく状況が続きます。経済学的には物価上昇時には消費が促進されます。その意味とは「今のうちに買わないと将来買えなくなる」です。ところが生鮮食料品を買いだめしても悪くなるだけであり、実質的な生活防衛手段はほとんどないのです。
カナダの勤労者層が多く住むエリアの商店を覗くと気になる現象に気がつきます。いわゆる百均が大賑わいなのです。売っているものはせいぜいひとつ数百円ですからあまりお財布を気にせずにポンポン買える唯一の場所とも言えるのです。私どもがアニメの本を売っていて最近とみに増えたのがまずは値段を見る、そして諦めてさっさと書棚に戻す人たちです。予算と合わない人たちが増え、「欲しいけれど手が全く出ない」状態なのです。
日本でこの状況は既に一部で生じていると思いますが、私の見立てでは今後数年で北米並みにはっきりとその差異が出てくるとみています。
日本は「一億総中流」だったのです。当時は実際に皆同じ釜の飯を食べ、中流意識を分かち合いました。ところが徐々にそれは崩れていきます。そしていつの間にか「一億二千万人、意識だけ中流」となりました。背伸びをして無理してきた方も多いのです。だけど、もう背伸びしても中流に届かなくなれば「一億二千万人、本格分裂社会」に突入するのでしょう。

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分裂社会が起きた場合、最大の変化は消費動向です。例えば誰でも普通に行っていたB級グルメの外食ですら一部の人には行きづらくなるでしょう。居酒屋や焼き肉屋は今の半分に減ってもおかしくないし、ラーメン店も淘汰されるはずです。総需要に対して中流向け供給が多すぎるのです。消費余力は二極化していくので飲食店でも一般小売り店でも真ん中層ビジネスが最も堪えることになります。
九州のスーパー、トライアルが西友を買収しいよいよ本格的に関東圏でビジネス展開しています。また関西ではスーパーのOKが積極攻勢に出ていると報じられています。それらの店のように破格、かつ今までの常識を打ち破る工夫がないと生き残れない時代がやって来たとも言えそうです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年1月30日の記事より転載させていただきました。





