黒坂岳央です。
世の中には、「低学歴=頭が悪く、危険な存在」という乱暴なイメージが今も根強く残っている。元々、低学歴だった自分自身もそう思っていたが、最近は考えが変わってきた。本当に低学歴は「頭が悪い」のか?と。
このテーマに踏み込むのは勇気が必要だが、自分が低学歴だったという「実績」から意見を出してみたい。
※ 本稿はあくまで統計的、傾向的な視点であり、「すべてがそうだ」というラベリングの意図はない。当然、例外ケースはあるだろうが、それを言い出すと世の中全てに同じことが言えるのでこの点の意図に留意頂きたい。

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低学歴は「型」がない
自分の経験上、学習で躓いた人にはある共通の傾向がある。それは「型を無視していきなり我流で突破しようとすること」だ。
物事の習得には「守・破・離」の順序がある。まずは提示された型を愚直になぞり、再現性を確保する。独自性を出すのはその後だ。しかし、学習が循環しない人は、この「守」のプロセスを自分都合でカットし、最初から根拠のないオリジナルに走ろうとする。
その結果、何が起きるか。失敗した際、どこが型からズレたのかを確認できない。検証ができないため、修正も積み上がらない。だから問題が解けないし、解けない問題を改善も出来ない。時間をどれだけ投下しても永遠に伸びない。
自分は特に数学が全く出来ず、不登校状態だったのもあって中学1年生の頃から0点を連発していた。もちろん、勉強が出来るようになりたいというあこがれは強かったが、何をどうすれば解けるようになるのか皆目検討つかなかった。
当時の自分は、「分からない=才能がない」と決めつけ、解法を見ることすら「負け」だと思っていた。しかし、今思えばこのやり方は間違っていた。
分からない問題はすぐ解法を見て、理解を深め、同じ問題を解けば手順は正確、熟練してくと分かる。だが、この理解には勉強を通じた型の取得が不可欠である。
そして「勉強が出来ない」は与えられた仕事をこなす会社員でも、概ね同じ能力が必要となる。取引先とのやり取り、沢山の仕事を時間内にこなすことなど、すべてに「まずは型を入れる」というプロセスを省くことは出来ない。
学歴がないということは、採用する企業側に型を入れていない可能性を感じさせてしまう。若ければ入社後に成長させればいいが、型が入っていない人物を後から入れられるかどうかは賭けになる。だから企業はより確度の高い人材採用のため、学歴は上を目指す。
学力とは「忍耐力」の可視化
学力はそのまま「社会性の有無」に直結している。ここで言う社会性とは、他人に好かれる力ではない。退屈で理不尽なタスクを、感情と切り離して処理し続ける能力のことだ。
学校の勉強という、必ずしも面白くはない課題に対し、一定の期間向き合い、結果を出す。高校を出るまで、筆者はこれがまったく出来なかった。朝から夜までゲームざんまいで、ゲームの代わりに勉強をしようと思ったことがなかったのだ。
頭の中では薄っすらと「勉強しないと将来ヤバい」とは分かっていたが、つまらない勉強を頑張る、という忍耐力がまったくなかったのだ。
底辺工業高校に通っていたので分かるが、周囲も似たような感じだ。誰も勉強なんてしない。勉強という退屈な作業が後から面白くなることはあるが、最初はどの教科もつまらないので強力な忍耐力が必要になる。そこを頑張れる人は「忍耐力」という資本を持っている。
勉強が出来ない、という状態を放置できるのは「理解できないことを分かるまで粘り強く取り組む」「不快な課題を放り出さずに最後までやり抜く」という能力と意欲が欠けている。
この傾向は、人事採用において担当者を躊躇させる。仕事は勉強以上に理不尽で退屈なものも多く、熟練して戦力になるまでかなりの時間を要することが確定しているからだ。入社させたはいいが、最初から受け身でやる気がなく、成長意欲が皆無で権利だけ主張するモンスターリスクを考えてしまうのだ。
低学歴が輝く世界
このような理由から、学歴がないとどうしてもリスクの可能性があり、会社で敬遠されてしまう。
だが、「組織への適合性」と「稼ぐ力」は別物であるのもまた面白い。世の中には、どうしても他人の作った型に自分をはめ込めない人種がいる。ゆえに学歴はイマイチで留まる。彼らは組織においては「使いにくい低学歴」として避けられるかもしれないが、独自の強烈な世界観を持っている場合がある。
彼らが輝くフロンティアは起業だ。筆者の近所に住む自営業者は中卒、高卒ばかりで、大卒は自分以外に見たことがない。彼らは東京の大企業にはウケないかもしれないが、オンリーワンとして生きる力を持っている。
先日、近所のよく知る牛の酪農家の経営者が引退した。彼は正直、学歴はないのだが、退職金は一億円だ。2台目は妻の同級生だが、東京で働くもすぐにやめて地元に戻って牛を育てている。また、中卒の野菜、果物の農家で年収3000万円以上の農家もいる。地元で大金持ちなのは、卵業者の社長だ。
彼らは作業着を着て、時には泥にまみれて働き、子供は3人から4人育てている。だが学歴はないし、おそらく一般企業ではそれほど優秀な立場になることは難しい。おそらく、東京の大企業エリートが下に見そうな彼らは、エリートの10倍稼ぐ。もちろん、全員が高収入ではないが、そこまでいかなくても、低学歴でも平均年収の1.5倍、2倍と稼ぐ自営業者はいくらでもいる。
重要なのは金額そのものではない。彼らは「需要があり、参入障壁があり、価格決定権を持てる場所」でなら学歴とは関係なく活躍出来るということだ。
「組織に向かない」という特性は、裏を返せば「個として尖る可能性」を秘めている。学歴がないと大企業からは敬遠されるが、独立して勝てる道の可能性が出てくる。
◇
結論として、低学歴が敬遠される真の理由は、知能指数の低さではなく、「学習という循環構造を持たない人である可能性が高い」と判断されるからに他ならない。だが、それが独自性として輝く時、型に囚われない成功もあるから世の中は面白い。
自分自身が低学歴だったので分かる。その人の真の実力は「どこにいるか」で決まる。問題は能力ではなく、配置を間違えていることの方が多い。
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