キリスト教の「四旬節」とイスラム教の「ラマダン」が同じ日に始まった

イスラム教の世界(信者数約19.5億人)で18日(地域によっては19日)からラマダン(断食)が始まり、3月19日までの1か月間、日の出から日没の間、イスラム教徒は断食(サウム)が義務付けられている。

イスラム教の経典によると、「ラマダン」とは、イスラム暦(ヒジュラ暦)における第9番目の月の名称だ。預言者ムハンマドが西暦624年、メッカからメディナに移った時、神(アッラー)からの命令を受け、ラマダン期間中の断食が正式に義務づけられた。ラマダンの順守はイスラム教徒が義務づけられている五行(信仰告白、1日5回の礼拝、喜捨(寄付)、メッカへの巡礼、ラマダン中の断食)の一つだ。この期間は単に飲食の摂取だけではなく、喫煙、性交渉、そして喧嘩や悪口なども禁止されている。同時に、貧しい人へ積極的な喜捨が願われている。

ムハンマド皇太子がリヤドで閣僚会議を主宰 2026年2月3日 サウジアラビア王国政府公式サイトから

日没後には「イフタール」(日没直後にとる食事)と呼ばれる食事を囲みながら家族や友人と集まって楽しむ。また、近くのイスラム寺院に行って信者たちと一緒に食事をすることで、信者同士の絆が深まる時期ともいわれる。 なお、断食が免除される信者は幼児、病気や体調不良者、生理、妊娠中などの場合だ。この期間、信者同士は「ラマダン・ムバーラク(祝福されたラマダンを)」や「ラマダン・カリーム(恵み豊かなラマダンを)」という挨拶を交換する。

ウィーンの国連記者室で取材活動していた時、イラク出身の友人記者はラマダンの期間、持病のため断食が出来なかったが、その代わり、当方を何度も昼食に招待してくれた。イスラム教徒でもない当方はラマダン月の恵み(喜捨)を享受した。懐かしい思い出だ。

イスラム教徒の友人は「ラマダンで注意しなければならない点は食べ過ぎで太らないことだ」という。ラマダン明けの食事のためにイスラム教徒の女性たちは買物に汗を流し、さまざまな料理を準備する。豪華な夕食をラマダン期間の30日間、満喫すれば、「多くの信者たちは太る」というのだ。ラマダン後、5キロ太ったという男性はざらにいる。断食しながら、体重が増えるといった奇妙な現象がみられるわけだ。

ところで、イスラム教の世界ではラマダンの「イデオロギー化」や「政治利用」が見られ出している。多くの穏健派学者は、ラマダンが「暴力的な対立を加速させる道具として悪用されている」と警告する。例えば、テロ組織「イスラム国」(IS)やアルカイダなどのイスラム系過激派組織はラマダンの月を「ジハード(聖戦)において勝利を収めるべき月」と位置づけ、テロを正当化する。例えば、2016年7月、バングラデシュの首都ダッカのレストランでイスラム過激派の襲撃テロが発生、日本人7人を含む20人以上が殺害されるテロ事件が起きた。犯行時はラマダン期間だった。

また、 サウジアラビア(スンニ派)やイラン(シーア派)などの大国が、ラマダンのメッセージを通じて自らの宗派的・政治的な優位性を主張し、対立を煽る一方、貧困層へ大規模な食糧配布(慈善活動)を行うことで、政治的不満を抑え、支持基盤を固める機会として利用され出した。

エジプトでは、インフレと経済難が深刻化する中、政府がラマダンを「社会の安定」を保つための重要な政治的機会として利用している。約1,500万世帯への現金給付や食糧補助の拡充は、物価高騰への不満を和らげ、政権の「国民への配慮」をアピールし、 公務員の給与支払いを前倒しするなど、ラマダン中の消費を支えるための特別な措置も取られている、といった具合だ。

イスラム教圏では最近、ラマダン月の消費主義と商業主義への偏りが指摘され出している。ラマダン期間は精神性が重視されるはずが、実際には過剰な消費や豪華な食事(商業主義)が強調されるようになってきている。日中の断食の反動で日没後に豪華な食事が振る舞われ、イフタールに関するテレビ番組や広告が溢れる現状に対し、「キリスト教におけるクリスマスの商業化(Christmasization)」と同じ現象が起きている」と指摘する声も聞かれる。

サウジアラビアでは、ムハンマド皇太子による「ビジョン2030」のもと、ラマダンのあり方も「厳格な統制」から「近代的な管理」へと変化している。2026年のガイドラインでは、礼拝の様子をメディアで生中継することを禁止し、モスク内でのカメラ撮影も制限された。モスク内での募金や、個人によるイフタール(食事)の提供が制限・禁止された。官民ともに労働時間を1日最大5~6時間に短縮し、学校の始業時間を遅らせるなど、経済活動と信仰のバランスを国家主導で調整している 。

参考までに、サウジアラビアは現在、「国家主導による宗教的アップデート」の真っ只中にある。ムハンマド皇太子は、「私たちは『中道(モデレート)なイスラム』に戻るだけだ」と繰り返し宣言している。 過去30年間の厳格・過激な思想を「本来の姿ではない」とし、世界や他宗教に対して開かれた、より寛容な解釈を公式に採用している。サウジアラビアの伝統的な厳格派である「ワッハーブ派」の影響力を抑え、教科書からその創始者の記述を減らすなどの教育改革が進んでいる。

ちなみに、今年のキリスト教(主にカトリックや伝統的なプロテスタント)の四旬節は18日に始まった。四旬節は18日の「灰の水曜日」から復活祭(イースター)前日の土曜日まで、日曜日を除いた40日間の準備期間を意味し、イエス・キリストが荒野で断食した期間にちなみ、祈り、節制、断食などをして回心と準備を行う期間だ。四旬節の期間中は教会では節制が求められ、特に「灰の水曜日」と「聖金曜日」は大斎(1日の食事を1回にする)と小斎(肉食を控える)が守られる伝統がある。

なお、キリスト教の「四旬節」とイスラム教の「ラマダン」が同じ日に始まるのは非常に稀だ。世界のキリスト信者とイスラム教徒が同じ日に「断食と祈りの期間」に入るということは歴史的、宗教的に見ても意味深い出来事だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。