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日本赤十字社は、全国約90の赤十字病院を擁する日本最大級の医療ネットワークであり、年間医業収益は1兆円規模に達する。災害医療や高度急性期医療を担う基幹的存在であり、その運用は全国の医療機関の前例となる。同時に、皇室を名誉総裁に戴く公益組織でもあり、人道・公平を掲げる赤十字の理念に照らして、社会から期待される倫理水準は極めて高い。
その日赤において、コロナ禍で長期にわたり面会制限が維持された。しかし公開されている決算資料を精査すると、そこには看過しがたいねじれが存在する。財務的には資金が流入し資金余力が維持される一方で、患者と家族の面会機会は長期にわたり制限され続けた。
これは単なる感染対策の問題にとどまらない。制度と倫理の問題でもある。
医療施設特別会計決算書を年度横断で確認すると、コロナ期に日赤病院グループへ流入した公的補助金は、少なくとも2000億円台後半に達する規模となる。さらに同期間、現預金および有価証券等の手元資金は増加している。医療提供体制維持のための支援であり、その意義自体を否定するものではない。だが、資金が流入し資金余力が維持される状況下で、面会制限は長期にわたり継続された。
資金は確保された。組織は守られた。しかし、家族は会えなかった。この事実は軽くない。
日赤病院グループの室料差額収益は年間約180億円規模に達する。ただし、この室料差額には高額個室だけでなく、多床室の窓側指定料金なども含まれており、すべてが高額個室収益ではない。また、面会制限の運用は各赤十字病院で一律ではなく、個室(有料)であれば面会可能な施設や、一般病棟でも緩和が進んだ施設も存在する。
しかし、基幹病院である日赤医療センターにおいて、結果として「有料個室では面会が可能、そうでなければ制限される」と受け取られかねない運用が存在したことは重い。それが意図的なものだったかどうかは別として、面会機会が経済条件と結び付けられているように見える構造を生んだこと自体が、日赤という組織の象徴性を考えれば大きな意味を持つ。
高額個室の運営は設備や人員など固定費の比重が高く、患者が入室した際に追加的に発生する変動費は相対的に小さい。稼働率が上がるほど収益が積み上がる構造を持つ。これは医療機関にとって合理的な経営構造である。だが、その構造のもとで、面会の自由が経済条件と結び付いているように見える運用が生じた場合、それは単なる現場判断の問題では済まない。
日本赤十字社は日本最大級の医療ネットワークであり、個別病院の運用であっても社会的には組織全体の姿勢として受け止められる。その中核施設が、結果として「支払い能力と面会機会が結び付く」ように見える運用を行ったことは、理念との整合という点で検討に値する。
さらに重要な事実がある。令和3年度以降、日本赤十字社の医療施設特別会計については、それ以前に存在した詳細な叙述型の事業報告書が公開されていない。これにより、補助金の具体的使途や収支影響を外部から年度横断で体系的に追跡することは極めて困難となっている。
決算書は公開されている。だが、使途は見えにくい。意思決定過程も見えにくい。公的資金が2000億円台後半規模で投入された期間において、この情報構造が十分であったのかは検証に値する。これは資料形式の問題というより、説明責任の問題である。
赤十字は、人道と公平を掲げる組織である。財産や身分によって扱いが左右されないことが理念の中核にある。もし結果として、経済条件によって面会機会に差が生じ得る構造が存在したとすれば、それは理念とどこまで整合するのか。日本赤十字社は皇室の名誉総裁を戴く団体でもある。社会から期待される倫理水準は高い。ここで問われているのは不正の有無ではない。理念と運用の距離である。
感染対策としての面会制限には合理性があった。だが、その長期化と運用のあり方は本当に不可避だったのか。資金は流入し、組織は守られた。しかし、家族は会えなかった。日本最大の医療ネットワークである日赤の判断は、全国の医療文化に影響を与える。だからこそ問われる。あの制限は本当に不可避だったのか。そして、誰のための制限だったのか。
次回は、日赤の財務諸表を読み解くにあたり露わになった医療法人の情報公開を分析する。制度的には許されるが、分析を著しく困難にさせるその方法とは?
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