「軍事スタグフレーション」でキュウリがロシアの食卓から消える時

ウィーン国際経済比較研究所(WIIW)のロシア経済問題専門家ヴァシリー・アストロフ氏によると、ロシア国民経済は昨年のGDPが1.0%と成長が大きく鈍化した。2023年は実質GDPは4.1%、24年は4.9%と昨年までは軍需主導で経済成長を維持してきた。IMFの最新予測では0.6%~0.9%と、さらに厳しい見通しも示している。ロシア経済の停滞の背景は、2024年まで続いた「戦時バブル」が労働力不足や設備能力の限界に達し、 高金利が消費や企業活動を直撃し、経済がオーバーヒート状態に陥っているからだという。

プーチン大統領 クレムリンHPより

ロシアの物価は昨年8.7%と高インフレを記録した。WIIWによると、2023年は5.9%、24年は8.4%だった。26年は6.1%に下がるものと予測されているが、それでも高い。労働力不足に伴う賃金高騰と政府支出の拡大により、インフレが常態化している。ロシア中央銀行はインフレ抑制のため、政策金利を最高21%まで引き上げた。この高金利が非軍事部門の企業の借り入れコストを押し上げ、民間投資や消費を直撃している。

ちなみに、ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのモスクワ特派員ライナー・ムンツ記者は19日、「モスクワ市民は物価高に悩まされ、食卓のテーブルには乗る食材が少なくなっている」と報じていた。例えば、キュウリの価格は2倍に跳ね上がり、その値段はバナナなどの輸入果物を上回ることから、買うのを控える主婦が出てきているという。ウオッカが手に入らなくなれば、ロシアの男たちの反乱が起きるといわれるが、キュウリなどロシア人の食文化や酒の肴(ピクルス)に欠かせられない日常的な野菜の値段が高くなれば、食卓は一層寂しくなる。

2022年2月末以来、ロシアはウクライナとの間で特別軍事作戦(戦争)中で政府の歳出の多くは安全保障に投入されるために、教育やインフラなど民生部門の予算が圧迫されている。欧米諸国の制裁の影響で欧米向けの輸出が激減した一方、中国やインドへのシフトが進められてきたが、原油安や価格交渉で足元を見られて値引きされ、外貨獲得能力には陰りが見える。米国の2次制裁(ロシアと取引する第三国への制裁)を恐れ、インドなどがロシア産原油の買い控えを見せるケースが出てきている。

ロシア経済は軍需産業、エネルギー、そして農業分野が主要部門だが、いずれも停滞を余儀なくされている。過去数年、年率30%近い成長を記録した防衛産業だが、2026年は4~5%程度まで急減速する見込みだ。24時間体制の操業が続き、設備の摩耗や熟練工の不足が深刻化している。2025年から2026年にかけてのロシア経済は、軍需による強引な成長が限界を迎え、「軍事スタグフレーション」(不況とインフレの同時進行)の兆候が強まっている。

ロシアは世界有数の小麦輸出国だが、国内のインフレ(食料品価格の高騰)を抑えるため、2025年2月から小麦の輸出枠を大幅に削減し、国内供給を優先させている。 トラクターなどの農業機械や種子、肥料の添加剤などは依然として西側技術に依存しており、部品不足による生産性の低下が懸念されている、といった具合だ。

ロシアは今日、徴兵や国外への若年層の流出により、記録的な人手不足(労働力不足)に直面している。これが賃金上昇を招き、さらなるインフレの要因ともなっている。

参考までに、ロシアは兵力不足を補うために北朝鮮から数千人の兵士を集めたが、ここにきてケニアからウクライナでの戦闘任務のために1,000人以上のケニア人を徴兵したという。ケニア議会のキマニ・イチュングワ議員は19日、ケニア議会で「これまでに1,000人以上のケニア人が徴兵され、ロシア・ウクライナ戦争に従軍している」と報告。ケニアのムサリア・ムダバディ外相は、この問題について協議するため、3月にモスクワを訪問する予定だ。ケニア政府は、ウクライナで自国民が「砲弾の餌食」にされていると非難している。

ロシア経済への中国の影響は年々大きくなっている。中露貿易はこれまで右肩上がりだったが、2025年は5年ぶりに前年を下回った。 2025年の貿易額は約2,340億ドル(前年比6.5%減)に止まっている。ちなみに、米国による2次制裁を恐れ、中国の大手銀行がロシア関連の送金を拒否・遅延させるケースが多発している。これが貿易停滞の大きなボトルネックとなっている。

ロシアにとって中国は最大の貿易相手国(輸入の57%を占める)だが、中国にとってロシアは貿易相手国として7位(シェア約4%)に過ぎない。ロシアは欧米製品が手に入らないため、産業機械から家電、AI技術に至るまで、ロシア経済の屋台骨が中国製品に完全に置き換わっている。中国依存はロシアにとって大きな戦略的リスクでもある。

プーチン政権はこのまま軍需産業優先を続けるか、それともインフレ抑制のために軍事費を削るのか、極めて難しい判断を迫られている。

注:上記のコラムはロイター、AFP通信、ブルームバーグ、ジェトロからの経済情報を参考にした。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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