バブル崩壊で始まった「失われた10年」に区切りをつけたのが小泉政権だったが、その成功はほとんどまぐれ当たりだった。小泉純一郎の主張した郵政民営化は、彼が首相になったときはほとんど無意味になっていた。
小泉改革の最大の成果は不良債権の清算だが、小泉は不良債権についてほとんど何も知らなかった。アメリカの圧力を受けて竹中平蔵が不良債権をハードランディングさせたことで、日本経済は立ち直ったのだ。

「構造改革」は不良債権の清算だった
小泉が「自民党をぶっ壊す」といったのは、田中派(経世会)をぶっ壊すという意味だった。郵政民営化のねらいは、郵便貯金が大蔵省の資金運用部に預託され、財政投融資計画(財投)として低利で融資されるのを止めることだった。
財投の赤字は政府の一般会計予算から補填されたが、その中身は国会で審議されないので、第二の予算として「田中派の貯金箱」になり、天下り特殊法人や赤字ローカル線などの財源になっていた。これが財政をゆがめているので郵政を民営化すべきだ、というのが小泉の発想だった。
だが財投の赤字は大蔵省にとっても悩みの種だったので、1990年代に大蔵省は資金運用部を通さない自主運用を増やした。小泉が首相になった2001年4月に資金運用部は廃止され、特殊法人などの財投機関が政府保証なしの財投機関債を発行することになった。
「田中派の貯金箱」はなくなり、郵政民営化は無意味になったのだが、それを知らない小泉は、経済財政政策担当相に民間から竹中を任命した。竹中の仕事は不良債権の処理だったが、彼も金融は専門ではなかったので、木村剛などの「竹中チーム」が不良債権処理にあたった。
続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)







コメント