
dejankrsmanovic/iStock
※ 本稿は、前回のイベントレポートと併せてお読みいただくと、現場の様子がより伝わります。

昨夜、宴席で隣に座った人物の顔が脳裏をよぎる。笑顔で乾杯した。料理を勧められた。「またぜひ」と言われた。意識しているかどうかに関わらず、言葉は丸くなる。
批判すべき点が「課題」に置き換えられ、疑問符が感嘆符に変わっていく。
椿山荘に行かなかった理由
恐ろしいのは、本人が気づかないまま進行することだ。「自分は公平に書いている」と信じながら、忖度まみれの文章を量産している書き手をこの業界で何人も見てきた。善意から始まった関係が、気づけば批判不能な癒着になっている。
だから私は、宴席に座らない。
この日のイベントは二部構成だった。一次会は講演会と表彰式。二次会は椿山荘でのお祭り。華やかな顔ぶれが揃った。私は授賞式だけを取材して帰った。昨年も同じだった。今年も二次会への参加は丁重に断った。主催者のお祭りにジャーナリストが混じって酒を飲めば、その瞬間に取材の公平性が揺らいでしまう。
ただし、永久に行かないと断言するつもりもない。取材の文脈や状況によっては、判断が変わることもあり得る。ルールとして固定しているのではなく、あくまで自分の中の優先順位の問題だ。
なぜか人気が高い出版ビジネス
出版不況といわれて久しい。それでも出版への関心は衰えない。有名著者のセミナーは満員御礼。出版コンサルタントや出版プロデューサーを名乗る人たちが乱立し、サラリーマンや主婦が書いたビジネス書がベストセラーになる時代だ。「本を出したい」という夢を持つ人間は、むしろ増えている。
その夢に群がるビジネスも増えた。出版スクールは50〜100万円、出版コンサルは200〜300万円程度の費用がかかる。しかし出版を保証しているわけではなく、トラブルも多い。出版が決まっても刊行時に買取条件を突きつけられるケースもある。
なぜ出版スクールや出版コンサルが乱立したのか。その背景には、出版社側のビジネスモデルの変化がある。かつては出版社がリスクを負って著者を発掘し、印税という形でリターンを分配していた。いまはそのリスクの一部を、著者志望者や「本を出したい人」に転嫁するモデルが増えている。
書店の売り上げは長期的に右肩下がり、返品率は高止まりし、広告宣伝費も削られている。限られた予算は、すでに売れると見込める著者やシリーズに集中投下される。その外側にいる人たちに向けて、「自費ではないが、実質的には自己負担を伴う出版」「講座やコンサルを入り口にした出版」がビジネスとして組み立てられていった。
「出版=ブランディング」という言説が神話化したのも、この構造と無関係ではない。本が売れなくなった時代に、「売れなくてもいい、出すこと自体に価値がある」と意味づけを変えることで、出版の商品価値を維持しようとした。中身や読者との関係ではなく、「肩書き」と「見栄え」に価値を移し替える発想だ。
もちろん、うまく機能しているケースもある。専門性の高い実務家が、自分の知見を体系化して本にまとめ、それが新しい仕事の入口になることもある。ただしそれは、「本を出したから」ではなく、「本として読める内容と実力があったから」仕事につながっただけだ。構造としては、あくまで例外である。
だからこそ、「出版すればブランディングになり、仕事が増える」という三段論法は、一度立ち止まって疑ったほうがいい。誰がどこでリスクを負い、誰がどこで利益を得ているのか。その構造を見ないまま夢だけを消費すると、気づいたときには、時間とお金と信用だけが失われている。
忖度は、気づかぬうちに完成する
こうした業界構造の中で、書き手の独立性はより一層問われる。最初は小さな一歩だ。「招待されたから行く」「せっかくだからご馳走になる」——そうやって一線を越えるたびに、書き手の中に「お世話になった人」が一人増えていく。
気づけば「批判できない人」のリストが着実に伸びている。その積み重ねが、やがて取材者の目を曇らせる。本人は気づかない。それが最も恐ろしい。
書籍紹介についても、同じ考え方を貫いている。著者から金品は一切受け取らない。献本は受け取るが、紹介するかどうかは自分で判断する。首をかしげる点があればそのまま書く。著者から抗議が来たこともある。それでも方針は変えない。
距離が言葉に重みを与える
利害関係の外側に立っているとき、言葉は本当の意味で重みを持つ。その立場から、きずな出版コンテスト2026を評価したい。
一般投票の廃止は英断だった。昨年、SNSのフォロワー数が審査を歪めた反省を、主催者は一年で形に変えた。185作品すべてを二人の社長が直接審査したという事実は、並大抵の覚悟ではできない。応募数が126から185に増えたのは、「企画の中身で勝負できる」という信頼の回復があったからだと私は見ている。
昨年グランプリ受賞者が実際に本を出版したという実績も大きい。夢を夢で終わらせなかった先輩がいるからこそ、後に続く者が増える。出版スクールや出版コンサルが乱立するこの時代に、実績で語れるコンテストは貴重だ。きずな出版はその連鎖を、着実に作りつつある。
ただし、ここからが本番だ。受賞者13名以上への伴走を約束したことの重みは、これからの行動が証明する。一冊の本を出すコストは約300万円。温かい授賞式の空気と、本が書店に並ぶ現実の間には、まだ長い道のりがある。その道のりを受賞者と共に歩み切ったとき、このコンテストは本物になる。そうなることを、取材者として期待している。
称賛も批判も、同じ距離から書く。それが書き手の責任だと思っている。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)







コメント