黒坂岳央です。
スーパーの棚で商品を手に取り、価格を見てそっと戻したことが多くなっていないだろうか。どこもかしこも値上げラッシュだ。かつて100円だった食品が気づけば150円、下手すると200円になっている。
「また値上げか」「便乗値上げはやめろ」「政府は何をしているんだ」
日本人はとにかく値上げアレルギーで、SNSでも価格が高い企業、商品サービスを叩く傾向がある。一方で賃上げについても攻撃的だ。
「給与が上がらない、企業は内部留保を出せ」
このように賃上げしろと積極的にいう。だが、「価格は上げるな」「賃上げはしろ」という2つの怒りは矛盾している。なぜなら賃上げをすると価格転嫁が起こって必ず、値段は上がるからだ。

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値上げの主犯は誰か
帝国データバンクの調査によると、2026年の食品値上げ要因のうち人件費由来が過去最高の66.0%に達した。原材料高や円安もあるが、人件費の高騰も確実に押し上げ要因である。
構造はシンプルだ。賃金が上がれば企業のコストが増える。そのコストは価格に転嫁される。消費者が払う。これは経済の基本原理であり、陰謀でも便乗でもない。
「賃上げを求める世論」と「値上げに怒る世論」は同一人物による矛盾した視野の狭い要求だ。賃上げが起きているなら値上げも受け入れるしかない。企業が給与を払う原資は売上だからだ。
デフレ30年が異常だっただけ
多くの人が忘れているが、物価が上がらない社会は「良い社会」ではない。
1990年代後半から続いた日本のデフレは、企業が賃金も価格も上げられない慢性疾患の状態だった。コンビニの弁当が20年間ほぼ同じ値段で買えたのは、どこかで誰かが我慢を強いられていた結果だ。農家が叩き売りをし、パートの時給が据え置かれ、下請けが無理な原価を飲み込んでいた。「安さ」の裏側には、見えないコストの付け回しがあった。
物価が上がるということは、それだけの価値が適正に評価されるようになったということでもある。デフレからの脱却は日本が望んでいたことであり、インフレはその正常化の過程だ。
実質賃金が追いつかない問題
もちろん「物価上昇は受け入れろ」と言うだけでは済まない側面もある。
名目賃金が上がっても物価上昇率がそれを上回れば、実質的な購買力は下がる。実際に日本では実質賃金がマイナスの月が続いてきた。これは個人にとって切実な問題だ。
ただしここで重要なのは、問題の所在を正確に認識することだ。値上げそのものが問題なのではなく、「自分の賃金が物価に追いつかないこと」が問題だ。
SNSでは他責に企業や政府を責める人が目立つ。だが、文句をいっても物価は下がらないし、補助金を求めても、それは税金という別の形で後から回収される。
「政府が補助金を出せ」という声も根強い。実際、エネルギー価格や食料品への補助金政策は繰り返し実施されてきた。だが補助金の財源は何か。税金だ。
物価が上がる→政府が補助金を出す→財源確保のため増税または国債発行→将来の増税または通貨価値の希薄化→実質的な負担は消費者に戻る。
これはつまり、補助金は値上げの痛みを「今」から「将来」に先送りしているだけだ。総額は変わらない。むしろ行政コストが乗る分、割高になる可能性すらある。
賃上げを求めれば値上げが来る。補助金を求めれば将来の増税が来る。どちらに逃げても請求書は国民である我々に届くのだ。
対策はどうすればいいか?
では個人はどうするか。答えはシンプルだ。賃上げが実現している場所に自分を移動させることだ。検索すればそういった企業はいくらでも出てくる。
賃上げは全企業・全業種で均等に起きているわけではない。人材不足が深刻な分野、付加価値の高い仕事、AI時代に需要が増す専門性など、賃金が物価を上回る速度で上昇している仕事へいくのだ。値上げに怒る代わりに、自分の市場価値を上げることに使う方が生産的だ。
加えて資産運用の視点も持つべきだ。インフレ環境では現金の価値は目減りする。株式インデックスや実物資産への分散は、インフレそのものをヘッジする手段になる。物価が上がるということは企業の名目売上も上がるということであり、株式保有者はその恩恵を受けられる立場に立てる。
自分が変わらないまま、周囲に変化を求めるのではなく、環境変化にあわせて自分が変化するという発想が必要だ。個人にできることは一つだ。賃上げが起きている場所に移動し、インフレに強い資産を持つ。これだけである。
◇
所得の多寡に関わらず、値上げ自体に喜ぶ人はいない。誰だって家計が苦しくなるのは嫌である。
しかし、賃上げを求め、補助金を求め、デフレ脱却を求めれば必ずインフレはセットになる。そしてこれは日本だけの問題ではなく、世界全体で起きているメガトレンドだ。個人が文句を言っても変化をもたらす力などない。トレンドに乗るべく、自分を変化させるしかないのだ。それが「変化に強く、時代についていく」ということなのだ。
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