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同居と聞くと、なんとなくいい話に聞こえる。息子や娘と暮らせるなんて幸せだろうと、周囲も本人も思いがちだ。
でも、現実はそう甘くない。
『精神科医が教える ずぼら老後の健康術』(保坂隆 著)きずな出版
ある女性の話をする。ご主人を数年前に亡くし、ずっとひとり暮らしだった。息子さんが「一緒に住もう」と言ってくれて、隣の県へ引っ越した。周囲は「よかったね」と口を揃えた。私もそう思った。
ところが、しばらくして様子を聞いて言葉を失った。
息子さん夫婦は共働き、孫は学生。朝になると全員バタバタと出かけて、家はもぬけの殻。帰ってくるのは夜九時過ぎ。日中はずっとひとり。「留守番に雇われた家政婦みたい」と、彼女はぽつりと言った。気晴らしに散歩でもと外に出ても、近所に知り合いは一人もいない。ひとり暮らしのときのほうが、まだ行きつけの喫茶店があっただけマシだったと。
これは特殊な例ではない。「孤独は山になく、街にある」という言葉があるが、まさにそれだ。人がたくさんいるからこそ、誰とも交流がないことの寂しさが際立つ。しかも歳を重ねると、新しい環境に馴染むのが本当に難しくなる。転勤族だった人ならわかるだろうが、新しい土地で友人をつくるのには時間がかかる。六十代、七十代なら、なおさらだ。
しかも、だ。この女性と息子さん夫婦の関係は良好だった。仲が良くてもこれなのだ。関係がぎくしゃくしていたら、どうなるか。想像するだけで胸が詰まる。
そもそも、親というのは子どもの配偶者に気を遣うものだ。嫁や婿の前では、どうしたって自分の家なのにくつろげない。冷蔵庫を開けるのにも一瞬ためらう。テレビのチャンネルを変えるのも遠慮する。
そういう小さな我慢が、毎日じわじわと積もっていく。そう考えると、多少不便でもひとり暮らしのほうが気楽だという結論になる人がいても、何の不思議もない。
同居には「安心」「心強い」というよい面がある。でも同時に、「不自由」「孤立」という面もある。大事なのは、声をかけられたときに舞い上がらないことだ。
おすすめしたいのは「お試し期間」を設けること。子ども夫婦の家に何度か泊まってみる。ただし、週末じゃダメだ。あえて平日を選ぶ。
全員が出払った後の静まり返ったリビングで、朝十時にひとりコーヒーを飲んでみてほしい。その時間が心地よければ同居は向いている。もし「これが毎日か」と思ったなら――答えは出ている。
ひとたび同居を決めれば、自分の家は処分することになる。後戻りはきかない。だから、「はっきり答えない」という選択も、立派な判断だ。急かされても、焦る必要はない。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
■ 採点結果
【基礎点】 40点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】 20点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】 21点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【81点/100点】
■ 評価ランク ★★★☆ 水準以上の良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】
リスク提示と対応策の両立:医療系・健康系の書籍は「○○に気をつけなさい」「○○はリスク」と不安を煽るだけで終わるものが少なくないが、本書は問題点を指摘した上で「ではどうすればよいか」を具体的に示している。孫育ての負担には「応援団に徹する」、同居の不安には「お試し期間を設ける」など、読者がすぐに実行できる対処法を提示しており、納得感のある構成になっている。
ベテラン医師らしい落ち着いた筆致:シニアの生活課題を扱いながらも、過度に深刻ぶったり、逆に軽く扱ったりすることがない。長年の臨床経験に裏打ちされた穏やかな語り口で、読者を追い詰めずに気づきを与える筆力がある。説教臭さを感じさせない点は、同ジャンルの書籍と一線を画す。
老後の生活実感に根ざした具体性:鍋料理ひとつとっても「材料費がかさむ」「残り物がもたない」といった、ひとり暮らしや少人数世帯ならではの実感を丁寧に拾っている。こうした生活者目線のディテールが随所に散りばめられており、シニア読者が「自分のことだ」と感じられる距離感を保っている。
【課題・改善点】
データ・エビデンスの不足:語り口の温かさが本書の魅力である一方、主張を裏付ける統計や調査結果がやや乏しい。保育園の待機児童数や高齢者の孤独死に関するデータなど、要所で数字を添えれば説得力がさらに増したはずである。
男性シニアへの言及の薄さ:孫育ての章ではシニア女性への注意喚起が手厚い一方、男性シニア特有の課題——定年後の居場所喪失や家事スキルの欠如など——への踏み込みが浅い。もう少しバランスを取る余地がある。また、各章が独立したエッセイとして成立している反面、書籍全体を貫く一本の軸がやや見えにくい。章をまたいだ伏線回収や相互参照があれば、一冊としての完成度がさらに高まっただろう。
■ 総評
本書は、シニアの日常に潜む「善意の落とし穴」を穏やかに照らし出す一冊である。孫の世話を引き受けすぎて体を壊す、同居を即決して孤立する――いずれも家族への愛情が出発点であるだけに、当事者には問題が見えにくい。著者はベテラン医師らしい落ち着いた視座から、これらの課題を指摘するだけでなく「お試し期間」「応援団に徹する」といった実践的な処方箋を提示しており安心感が残る構成になっている。
鍋の材料費や残り物の心配といった生活実感に寄り添う記述も、机上の空論に陥らない著者の誠実さを感じさせる。データ面の補強や男性読者への目配りなど改善の余地はあるものの、「老後の暮らし方」を考えるシニア世代にとって、手元に置いておきたい実用書である。








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