散歩中に動かなくなった犬を、引っ張ってはいけない

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結論から言う。散歩中に犬が急に止まったら、引っ張るな。

「いや、急いでるんだよこっちは」と思う気持ちはわかる。朝の出勤前、ゴミの日、雨が降りそう。人間には人間の都合がある。でも犬には犬の都合がある。そして残念ながら、犬の都合のほうが——少なくとも犬にとっては——はるかに重大なのだ。

ねえねえ、何を言いたいの?: 行動学で読み解く、犬があなたに伝えたいこと』(井野めぐみ 著)きずな出版

先日、近所の公園で見た光景がある。柴犬が電柱の根元に鼻を押しつけたまま微動だにしない。飼い主のおじさんが「おい、行くぞ」とリードを引く。犬、動かない。おじさん、もう一回引く。犬、踏ん張る。おじさん、ため息。犬、完全無視。正直、犬の勝ちだった。

あの柴犬が何をしていたかというと、ニュースを読んでいたのだ。いや、比喩じゃなくて、わりと本気でそう言っている。犬の世界では、刺激を受け取る優先順位は「におい→音→視覚」の順番らしい。人間と完全に逆だ。われわれは目で世界を把握するが、犬は鼻で世界を読む。

地面のにおいをクンクン嗅ぐだけで、「誰が通ったか」「何が起きたか」「そいつはどんな気分だったか」まで拾えるという。臨場感たっぷりの朝刊を、電柱の根元で精読しているようなものだ。それを「早く歩け」と引っ張るのは、あなたが新聞を広げた瞬間に取り上げられるのと同じである。そりゃ踏ん張る。

耳も相当なもので、人間には聞こえない高周波の音や遠くの物音までキャッチしている。視力は弱いくせに、動きやハンドサインを読む力だけは異常に鋭い。要するに犬という生き物は、われわれとはまったく違うチャンネルで世界を受信している。同じ散歩道を歩いていても、見えている(というか嗅いでいる)景色がまるで違うのだ。

で、問題はここからだ。感覚がそれだけ鋭いということは、それだけ疲れるということでもある。人間よりはるかに多くの刺激にさらされているのだから当然だ。

特に生後4か月から2歳頃までの若い犬は、注意力の発達途上にある。集中が続かないのは性格の問題じゃない。脳が忙しすぎるのだ。それを「落ち着きがない」「しつけがなってない」と叱るのは、ちょっと酷だろう。

じゃあどうすればいいのか。簡単だ。安全な場所なら、数十秒でいい、犬のペースに付き合ってやる。それだけ。行きたい方向に全部ついて行く必要はない。リードをしっかり持ったまま、その場で待つだけでいい。「やるな」を重ねるより、「やれた」という満足を積ませたほうが信頼は育つ。

窓辺でじっと外を見張っている犬も同じだ。吠えていないなら放っておけばいい。あれは犬なりの「見回り業務」なのだから。

あの公園のおじさんは結局、3分ほど待って犬が満足するまで付き合っていた。最後は犬がスッと顔を上げて、尻尾を振りながら歩きだした。おじさんは「やっと読み終わったか」とつぶやいていた。

わかってるじゃないか。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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