銀行の覚悟と社長の覚悟:同じ在りようが試される時代

Koji_Ishii/iStock

日本最大の金融経済専門紙、ニッキン(日本金融通信社)が動いた。3月13日付から「担保と覚悟」と題した連載特集を1面に展開し始めた。

事業性融資推進法の施行まで、あと約2ヶ月。本連載で繰り返し取り上げてきた企業価値担保権が、いよいよ金融業界全体の「今週のテーマ」になりつつある。

今回これをテーマとして扱ったのは、そのニッキン記事の中に、ある一文を見つけたからだ。

「過去の決算書の延長線上に、企業の未来があるとは限らない」

これは、企業価値担保権の活用を先駆的に研究している信用金庫担当者の言葉だ。

金融の世界では「革命的」な認識転換に見えるかもしれない。しかし経営の本質から考えれば、これは当たり前のことを、ようやく金融機関が認め始めたに過ぎない。

書店に行けばわかる。財務・経営の棚に並ぶ本の大半は「決算書の読み方」だ。

ROE、PBR、営業利益率——数字を分解し、比較し、評価する。

まるで決算書を読みこなせれば、経営がわかるかのような錯覚を、私たちはずっと植え付けられてきた。

しかし考えてみてほしい。

決算書とは何か。それは「過去の記録」だ。昨日までに何が起きたかの集計表だ。

そこには、明日の売上は一円も書かれていない。来年の市場変化も、再来年の技術革新も、10年後の社会の姿も、一切書かれていない。

財務の世界では、よく言われる言葉がある。

「バックミラーを見ながら車を運転することはできない」。

決算書分析とは、まさにこのバックミラーを精緻に磨く行為だ。後ろをくっきり見えるようにすることには意味がある。しかし、それで前方の霧が晴れるわけではない。

前に進むためには、フロントガラスの向こうを見る覚悟が必要だ。見えないものに向かって、それでも判断し、決断し、アクセルを踏む覚悟が。

経営とは「不確かさへの覚悟」である

経営学の世界では、企業環境の不確実性はとうの昔から議論されてきた。

しかし日本の中小企業経営の現場では、この「不確実性」という現実から目を背け続けてきた側面がある。

なぜか。

決算書という「確かなもの」があったからだ。

数字は嘘をつかない。
過去の実績は動かない。

だから、確かなものにしがみつく。

銀行も社長も、同じ方向を向いて、同じバックミラーを覗き込んできた。

しかし経営とは本来、不確定なものに対して意思決定をする行為だ。

来年の売上は誰にもわからない。
顧客の心は変わる。
競合は動く。
世界は揺れる。

その霧の中で、自社の存在意義を信じ、方向を定め、人と資金を動かす——それが社長の仕事だ。

決算書分析が得意な社長と、経営が得意な社長は、別人だ。

前者は過去を正確に読む。後者は不確かな未来を切り拓く。

どちらが重要かは、言うまでもない。

銀行がようやく気づいたこと

企業価値担保権の本質はここにある。

これまでの融資は「過去の実績と現在の資産」を担保にしてきた。不動産という「すでに存在するもの」を根拠に、未来への投資を判断してきた。

それは銀行にとって合理的だった。

確かなものを見ていれば、失敗リスクが減る。
バックミラーを磨けば、稟議が通る。

しかしニッキンが1面で問い始めたように、その慣行がもたらした代償は深刻だ。

不動産を持たないスタートアップには成長資金が届かない。

設備投資した製造業は、将来キャッシュフローではなく「残存簿価」で評価される。

過去の延長線上にない事業には、一円も貸せない構造が30年続いてきた。

「過去の決算書の延長線上に企業の未来があるとは限らない」——この言葉は、銀行が自らの限界を認めた宣言でもある。

ABL(Asset Based Lending:動産・債権担保融資)が2000年代に形骸化した理由も、今になれば見えてくる。

担保の種類を動産に変えただけで、評価の軸は「今ある資産の価値」のままだった。バックミラーの素材を替えただけで、見る方向は変わらなかった。

では、社長は何を変えるべきか

金融機関が変わろうとしている。

では、社長のあなたは、何を変えているか。

企業価値担保権が問うているのは、突き詰めればひとつのことだ。

あなたは自社の未来を、自分の言葉で語れるか。

過去の決算書が示す数字ではなく、これから生み出すキャッシュフローの源泉はどこか。技術か、人材か、顧客との信頼か。

それを言語化し、銀行に、社員に、取引先に伝えられるか。

これは事業計画書の「書き方」の話ではない。経営の在りようの話だ。

決算書を渡して「あとはよろしく」では、令和の経営は成り立たない。

自社の未来を語れない社長に、銀行は「伴走」できない。

伴走とは並走することだ。

同じ方向を向いていなければ、並走はできない。

「同じベクトル」を向けるのは、誰の責任か

ニッキン記事の中で、ある大手行幹部がこう語っていた。

「担保を提供する企業の覚悟と、金融機関として支える覚悟があれば、同じベクトルを向いて進むこともできる」

覚悟という言葉が使われていることに、注目してほしい。

覚悟とは、不確かさを引き受けることだ。

保証も保険もない未来に向かって、それでも踏み出すことだ。

銀行が覚悟を持てるのは、社長が覚悟を持っているときだけだ。

過去の数字しか語れない社長に、銀行は未来を賭けられない。

自社の未来を自分の言葉で語れる社長がいて初めて、銀行の覚悟が引き出される。

金融機関の「温度差」が報じられているが、それは社長の「温度差」の鏡でもある。

企業価値担保権は確実に始まる確定した未来である。

社長のあなたの未来は今どうなっているのか?

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