イラン体制は「マトリックス」のような世界

オーストリア国営放送(ORF)の夜のニュース番組の中で著名なイラン問題専門家ヴァルター・ポッシュ氏は2日、「イランのレジームはマトリックスのように機能している」と述べ、現在のイラン・イスラム共和国は隙間を迅速に埋めるほど高度にネットワーク化され、中心を叩いても死なない分散型の支配構造を有している」と説明していた。

墜落された米戦闘機の破片、Tasnim通信4月4日

マトリックスといえば、1999年に公開されたSFアクション映画だ。現実だと思っていた世界が、実はコンピュータによって作られた「仮想現実」だったという設定で、俳優キアヌ・リーブスが主人公を演じる。 天才プログラマーとして働く傍ら、ハッカー「ネオ」という別の顔を持つ主人公(トーマス・アンダーソン)がある日、謎の男モーフィアスに出会い、「青い薬を飲めば元の生活に戻れるが、赤い薬を飲めば真実を知ることができる」と究極の選択を迫られる。赤い薬を選んだネオが目覚めたのは、人類がAI(人工知能)に支配され、エネルギー源として栽培されている2199年の絶望的な現実だった。彼らが現実だと思っていた1999年の世界は、脳に電気信号を送って見せられている仮想現実「マトリックス」に過ぎなかった、といった筋から始まる。

現代の科学や哲学で「私たちはシミュレーションの中に生きているのではないか」という議論(シミュレーション仮説)があるが、その際にも「マトリックスの中にいる」という表現が使われる。21世紀のムッラー政権がマトリックスのように機能しているというイラン専門家の例えは少々極端な感じはするが、その例えが飛び出した背景は十分理解できる。

米・イスラエル両軍が2月28日、イランのテヘランに大規模な空爆を実施し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師、イラン革命防衛隊のモハメド・パクプール司令官、国家防衛会議議長のアリー・シャムハーニー氏のほか、ムーサヴィ軍参謀総長も死亡したことが明らかになった。イスラエル軍は同日、ナシルザデ国防軍需相や革命防衛隊トップら7人も殺害したと発表した。すなわち、米・イスラエル軍の空爆でイランの政治、軍部のほぼ全ての指導者が殺害された。イランのムッラー政権はこれで終わり、体制維持は難しいという声が聞かれたが、イラン攻撃から5週間が経過した今日、「イラン戦争は長期化するのではないか」といった報道が見られ出した。

イランは聖職者支配独裁政権だ。アリ・ハメネイ師が最高指導者であり、政治、軍事、経済など国家の全分野を支配している体制だ。そのような独裁国家では、最高指導者が突然死去した場合、その体制は大きく揺れる。イランの場合、ハメネイ師だけではなく、最高指導者に忠実を誓うイスラム革命防衛隊の指導者たちが次々と殺害された。体制維持はもはや難しいだろうと考えるのは自然かもしれない。ムッラー政権にとって幸いだったのは、国内に反体制派勢力、野党グループが存在しないことだ。それが、指導者の死が即、体制の危機とならなかった最大の理由かもしれない。

イラン専門家によると、イラン体制は中心を叩いても死なない分散型支配構造を有している。すなわち、イラン体制はノード(筋)の集合体であり、宗教指導者、革命防衛隊、並列する複数の情報機関などが網の目のようにつながっている多層構造になっているというのだ。映画『マトリックス』のシステムのように、一部を破壊されてもすぐに修復・再編される。イランも特定の指導者や拠点が攻撃を受けても、他の部分がその機能を肩代わりして存続し続けるよう設計されているというわけだ。

そこでイランの支配構造について、人工知能(AI)に分析してもらった。

「イランの支配構造は、イラン本体だけではなく、中東各地に広がる武装組織(レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派など)をシステムの一部(端末)として機能させている。代理人(プロキシ)による外部ネットワークが存在している。これらは本体から独立して動いているように見えて、実際には一つの大きな『マトリックス(母体)』の一部として、敵対勢力にコストを強いるためのツールとなっている。国民に対しては『外敵(米国やイスラエル)の脅威』という虚構の現実を常に提示し、それによって国民をシステムの中に繋ぎ止め、管理しようとしている」。

まとめると、イラン専門家が述べた「マトリックスの世界」とは、イランの体制が、中心を潰せば終わるような単純な組織ではなく、デジタルネットワークのように分散し、自己修復する複雑なシステムとして機能しているという意味合いがあるわけだ。 イラン専門家が「レジーム(体制)がマトリックスのように機能している」と言った場合、それは「社会の隅々にまで張り巡らされたネットワークの母体」として体制が機能しており、個々の組織や人間はその大きなシステム(母体)から栄養(資源や権力)を得て動いている」と理解できるわけだ。

最後に、マトリックスのようなイランの支配体制が崩れるとしたら、どのような条件下だろうか。AIのシナリオによると、エリート層の分裂だ。外圧や経済悪化に耐えきれず、革命防衛隊や軍の内部で「このままでは共倒れだ」と考える離反者が出始めた時が、崩壊のサインとなる。映画『マトリックス』で人々が目覚めるように、治安部隊の末端(バシィジなど)が、自国民を弾圧することに耐えられなくなって「引き金を引くのを拒む」ようになると、支配の網目が一気に破綻する。

ただし、イランの現状はまだその段階に入っていないように感じる。分散型の権力構造(モザイク国防論)のイランの支配体制は、中心となる指導者がいなくなっても、各地の「革命防衛隊(IRGC)」が独立して動けるよう設計されているから、ハメネイ師の暗殺後も体制が維持される。もちろん、その背景には、関係勢力の経済的利権があって、体制維持にその存続をかけるといったインセンティブが強い。その点、「ロシア軍の侵略から祖国を守る」といったウクライナ側の動機とは明らかに異なっている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年4月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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