東京・晴海:大都会の貨物線跡を行く

東京駅前からバスに乗り、晴海までやってきました。近年開発が進み、高層マンションが立ち並ぶエリアですが、鉄道の便はやや悪く、バスの方が便利な場所です。

東京湾に面した長閑なウォーターフロントエリアですが、ここにもかつては貨物用の線路が走っていました。

東京都港湾局専用線。その名の通り東京の湾岸地域を走る線路で、物資輸送を目的に敷設されていました。日の出線や芝浦線、石炭や鉄鋼を運ぶ深川線などがあり、食料品を主に運ぶ晴海線が今回紹介する路線になります。

晴海線は戦後間もない時期に敷設されましたが、その後モータリゼーションの進展で物資輸送が車にシフトしていく中で大幅に輸送量を減らしていきます。その他の東京都港湾局専用線が消えていく中でも最後まで残り、昭和を生き残りましたが、平成元年2月、その使命を終え姿を消すこととなりました。

そんな晴海線の廃線跡ですが、春海橋の南岸に架かっていた鉄道橋が今も残されており、近年遊歩道として整備されて歩きやすくなっています。

かつて線路が走っていたことを彷彿とさせる線路上のデザイン。

一部はアクリル板越しにかつて本当に使われていた線路跡を見ることができるように整備されています。

ここを旅客が渡ったことはないですが、かつてここを運ばれた物資の気分になって鉄橋を眺めながらゆっくり橋を歩きます。時代の流れで貨物輸送の主役が鉄道から車に代わっていったことはやむを得ないと思いますが、かつてここに鉄道が走り、日本の経済発展に貢献していたということを多くの人に知ってもらうためにこういった施設が残ることは大切だと感じます。

鉄道橋遠景。

鉄道橋から少し歩くと豊洲のららぽーと豊洲があります。その周辺は公園になっていて、大都会っ子たちが元気に遊んでいました。

公園の隅に置かれているこちらのクレーンは、かつてここにあった石川島播磨重工業(IHI)の工場跡に設置された第2クレーンを模して造られたモニュメントクレーン。石川島播磨重工業の石川島とは中央区佃にあった島でIHI発祥の地。そこから豊洲に造船所を移転してきました。豊洲がかつて造船で栄えた町であることを静かに伝えています。

モニュメントクレーンの隣にある跳ね橋「アーバンゲートブリッジ」は船の通る時だけ開く眺海橋ですが、実はけっこう開いている時間は長いようです。

と、ららぽーとの方からアイドルが歌う声と、声援を送る男子の太い声が響き始めました。調べてみるとSKE48が来ているそう。おや、これは行かねば。

では。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント