
NatanaelGinting/iStock
札幌で昨年9月と3月に行われたパネル展が、今北海道で大きな議論を呼んでいる。市民グループ「アイヌの史実を学ぶ会」が地下鉄札幌駅と大通駅を結ぶ地下通路「チカホ」で実施した「アイヌの史実を学ぼう!パネル展」である。
同会は、平成31年のアイヌ施策推進法制定を機につくられた歴史・文化を学ぶアマチュアのサークルで、これまで学習成果の発表として4回のパネル展を行ってきた。令和7年9月16日に「チカホ」で開催された3回目が問題だった。アイヌ差別撤廃を掲げる活動家グループが会場を占拠して観覧を妨害したほか、札幌市への開催中止要請とネット署名を展開。このことが道内マスコミで「差別的展示」として取り上げられた。
法的に問題はなく札幌市は次回開催を認めたが、令和8年3月12日に行われたパネル展は異様な展開となった。開催情報が事前に漏れ、朝から多数のマスコミが会場に居座り、来場者への取材攻勢を繰り広げた。これを受けて「公共空間で差別を許すのか」というキャンペーンが展開された。アイヌ民族団体は、公共施設の使用規制を求める署名を提出し、秋元札幌市長は「パネル展の趣旨は札幌市の見解と異なる」と述べ、公共施設使用のガイドライン制定を検討すると表明した。
問題はパネル展の内容である。朝日新聞(3月12日)は「『先住民族とは言えないのでは』などと主張するパネル展」と報じ、北海道新聞社説(3月17日)は「少数者への人権侵害」「差別表現」と断じた。
しかし、主催者が公開した該当パネルでは「アイヌ新法では、アイヌを日本の先住民族と規定しました」と認めた上で、「アイヌは、北海道縄文人の直接の子孫である」「であれば、全国の日本人と同じ縄文人の子孫となり、先住民とはいえないのではないかと思われます」となっている。マスコミ報道の中で「先住民」が「先住民族」に書き換えられたかたちだ。
「先住民」は居住の時間順序に基づく概念だが、「先住民族」とは平成19年に国連宣言で採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(UNDRIP)が規定した権利をもつ民族を意味し、政治的権利概念である。日本はこの採択に賛成し、翌20年の衆参両院の決議、平成31年のアイヌ施策推進法を経て、アイヌは法的に「先住民族」と位置づけられた。
UNDRIPは、欧米の先住民族支配の歴史を背景として自己決定権、土地や資源の権利など広範な権利を先住民に与えている。これらは「先住権」と呼ばれるが、UNDRIPの条文を忠実に実施すると、国家主権や領土の一体性に重大な影響を及ぼしかねないものとなっている。UNDRIPは宣言であって国家に義務を課すものではないが、国連は賛成国に宣言の履行をもとめる勧告を出す。
UNDRIPの条文の多くは国家統合の原則と衝突する。そもそも我が国の憲法は「法の下の平等」(14条)を定めており、民族集団に特別な権利を認めることは難しい。そのために政府は、平成20年8月に高橋はるみ北海道知事や加藤忠北海道アイヌ協会理事長などをメンバーとする「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設けて対策を検討した。
平成21年8月に示された同懇談会報告書は、全3万3000文字中の1万3000字を歴史認識に費やしており、「アイヌ政策は、国の政策として近代化を進めた結果、アイヌの文化に深刻な打撃を与えたという歴史的経緯」を踏まえて行われるべきであるとの認識を示した。しかしこれは、先住権を認めることはできないが、歴史的経緯を深く反省するので我が国の立場を認めてほしいとの国連に向けた釈明でもあった。
このような経緯を経て平成31年に制定されたアイヌ施策推進法は、アイヌ民族に対する定義を設けることなく、極端に文化振興に振ったものになった。先住権に触れずに歴史と文化で表面を繕うような取り組みは「日本型先住民族政策」と呼ばれる。
日本がUNDRIPに賛成したのは、平成21年8月の自民党下野前夜、福田首相が議長を務める洞爺湖サミット(平成20年7月)を絶対に失敗させられないとする政局の反映であり、その後のアイヌ政策は内に秘めた矛盾を悟らせないよう表面を繕う日本的な展開となった。アイヌ施策推進法の核施設として鳴り物入りでオープンした民族共生空間ウポポイの低迷はその象徴である。
しかし、政府がいかに繕うともUNDRIPの本質は先住権にあり、時間の経過とともに国内にも浸透していく。とりわけ、令和2年のジョージ・フロイド氏殺害事件を機に世界規模へ拡大したBLM運動やDEIの興隆を背景に、ポストコロニアル、すなわち脱殖民地主義の思想が流入し、矛盾をはらんだ日本型先住民族政策を激しく突き上げるかたちとなった。
脱殖民地主義とは、新大陸で行われた過酷な植民地支配の構造が現在も形を変えて続いていると捉え、その解体を目指す運動である。植民地支配を絶対悪とし、現代の価値観で過去を断罪し、その残光さえも許さない。英米で歴史的人物の銅像が引き倒されたニュースを記憶している方も多いだろう。
この欧米の脱植民地主義が北海道に上陸してリベラル派の間に広く浸透した。日本型先住民族政策は、今や脱植民地主義によって書き換えられつつある。
4月20日の朝日新聞に掲載された「取材後記」というコラムは、先住民族をめぐる疑義を「民主主義の成果の否定と言っても過言ではない」とまで言い、「差別には表現の自由は保障されない」と断じた。先住民族という概念は政治的概念で自由な議論の対象でなければならないはずだが、このコラムには脱植民地主義の新聞ジャーナリズムへの浸透が見てとれる。
以上は北海道という地域で顕在化した状況であるが、「先住民族問題」は、もはや北海道ローカルにとどまらず、日本全体の安全保障に関わる問題になろうとしている。日本は国連の先住民族の定義を受け入れてアイヌ施策を展開しているが、同じロジックに基づき、国連の委員会(人種差別撤廃委員会等)は、日本政府に対してこれまで何度も「沖縄の人々を先住民族と認めよ」と勧告を出してきたからだ。
UNDRIPにうたわれた先住権には、土地や資源の権利のほか、国境を越える権利や、先住民族の承諾なしに軍隊を展開できないといった権利も含まれている。沖縄は、中国が併合を目指す台湾と至近距離にあり、尖閣諸島問題も抱える地域である。そこに先住権の論理が持ち込まれることは、我が国の安全保障の安定性を著しく損なうものになりかねない。
日本政府は、UNDRIPの本質から目を背け、形だけをなぞる先住民族政策を展開してきた。その結果、北ではアイヌ政策の脱植民地主義的暴発を招き、南では日本の安全保障そのものを揺さぶる事態を生みつつある。令和7年12月13日、黄川田仁志沖縄・北方担当相はアイヌ施策推進法改正をしないと表明したが、今我が国の先住民族政策は根本からの再検討を迫られている。
■
海堂 拓己
北海道セカンドオピニオン主宰・フリーライター。北海道でライター・編集者の業務に従事し、特に社史や団体史の編さんを行ってきた。こうした経緯から北海道開拓の歴史を発信するウェウブサイト「北海道開拓倶楽部」も運営している。







コメント