ANA、SFC改悪のマーケティング戦略を問う④:問われるロイヤリティ戦略の本質

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(前回:ANA、SFC改悪のマーケティング戦略を問う③:SFC改定とJGC戦略の分岐点

「300万円を払えるか」ではなく「ANAに寄せる理由があるか」

SFC改定をめぐる議論では、「年間300万円も決済できない人が文句を言っているだけだ」という反応がある。しかしこの理解は論点を取り違えている。問題は、年間300万円を決済できるかどうかではない。その300万円をANAカード・ANA Payに集中させる合理性があるかである。

高年収層であれば、年間300万円のカード決済そのものは難しくない。しかし高年収層ほど、決済先の選択肢は多い。ANAカードに300万円を集中させるなら、顧客は自然にこう考える。その300万円を、なぜANAに寄せる必要があるのか。高年収層ほど300万円を払える。だが高年収層ほど、300万円をどこに置くかも選べる。

マリオットが示す「出口価値」の設計

比較として、マリオット・ボンヴォイを見てみる。マリオットは、カード決済額と宿泊実績の双方をポイントに変換し、そのポイントを世界中のホテル無料宿泊に交換できる仕組みを持つ。年間一定額の決済でゴールドやプラチナ会員資格を維持でき、その資格はレイトチェックアウト、朝食無料、スイートアップグレードなどの具体的な価値に直結している。

マリオットのロイヤリティが機能している理由は、入口(決済・宿泊)と出口(ポイント交換・会員特典)の価値が顧客に見えやすく、使いやすいからである。決済すればこれだけの価値が返ってくる、という対応関係が成立している。だから顧客は決済をそこに集中させる動機を持つ。ANAに年間300万円を集中させるなら、同等の問いに答えられなければならない。その300万円で何が返ってくるのか。

入口で300万円を求め、出口が詰まっている

ANAが決済経済圏の入口に300万円を求めるなら、その中核的な出口価値はマイルと特典航空券である。ANAカード・ANA Payに決済を寄せ、マイルが貯まり、そのマイルを使いたい路線・時期の航空券に交換できる——この循環が成立して初めて、ANA経済圏への参加動機が生まれる。

しかし現実はどうか。筆者が2026年4月25日21時に確認したところ、同年8月1日(土)の羽田→那覇便について、ANAは全便で特典航空券の空席がゼロだった。同じ日程でJALは全便で選択可能であり、必要マイルは9,500〜25,000マイルと幅はあるものの空席は確実に存在した。JALも繁忙期に特典航空券が出ない便はあるが、必要マイル数の変動により空席に応じて発券する設計をとっている。

マリオットでは決済と出口価値の対応関係が顧客に見える。ANAは決済を求めながら、マイルが使いたい日に使えない可能性を顧客に体感させている。入口で300万円を求めながら出口が詰まっているロイヤリティ経済圏に、高年収層が決済を集中させる合理性は薄い。

ANAは自社の強みを手放している

SFCはもともと、ANAのコアコンピタンスである航空移動の価値を将来の搭乗選択へ変換するロイヤリティ装置だった。一度プラチナに到達した顧客が、カード保有を条件として上級会員相当の特典を継続する。その結果、顧客は次の出張でもANAを選ぶ。過去の搭乗実績を未来の搭乗需要へ変換する仕組みである。

しかし今回の改定で評価軸が変わる。過去の搭乗実績から、ANAカード・ANA Payの年間決済額へ。これは航空会社としてのロイヤリティ評価から、決済経済圏としてのロイヤリティ評価への転換である。

航空移動の市場ではANAには強みがある。しかし決済・ポイント経済圏の市場では、ANAはマリオット、アメックス、JALカード、JR東・西・東海、楽天、PayPayなど多数のプレーヤーの一つにすぎない。ANAは、自社が最も強い領域から、わざわざ比較されやすい競争領域へ顧客評価軸を移している。

支持しているのはプラチナ会員——当事者不在の議論

X上ではSFC改定への批判的反応が目立つ一方、「本当にANAに貢献する会員を優遇すべき」「使わなくても特典が使える構造がおかしかった」という支持意見も存在する。

しかし注目すべき点がある。X上でSFC改定を支持しているのは、相当数がプラチナ会員である。

プラチナ会員はそもそもSFCに入る必要がない。毎年プラチナに到達できる人は、SFCを必要としていない。SFC制度の本来の当事者ではない人が「合理的だ」と評価している構図になっている。

ロイヤリティプログラムの改定で最も危険なのは、不採算顧客を減らすことではない。採算顧客に「もう忠誠を尽くす必要はない」と気づかせることである。

ターゲティングの失敗と本来あり得た設計

ANAが本当に整理したいのは、SFCを取得した後はほとんど搭乗せず年間10回未満程度の利用にとどまる「元修行僧」層と推測される。しかし年300万円決済という基準ではこのターゲットを狙い撃ちにできない。

東京-大阪を年26往復、東京-札幌を年17往復するような準プラチナ層も、法人精算や運賃の組み合わせによってはANAカード年間決済額が300万円に届かないことがある。切るべき顧客と残すべき顧客を、単一指標では分離できない。

より合理的な設計は、「年間300万円決済、または一定の搭乗実績、またはANA航空券購入額、または法人出張実績の反映、またはライフタイム実績による救済」のような複数条件の組み合わせだったはずである。こうすれば、決済誘導と航空ロイヤリティの維持を両立できた。

さらに今年5月19日の運賃改定でセール運賃の制限が強化され、SFC改定と特典航空券問題と合わさることで、ANAを選ぶ積極的な理由は複合的に削られている。

ANAが失うのは「300万円を払えない顧客」ではない

非航空収益を伸ばすことは必要である。しかしそのために航空会社としてのロイヤリティ資産を傷つける必要はない。マリオットが決済と出口価値を結びつけて顧客を引き留めているように、ANAにもマイルの出口価値を強化しながら決済を誘導する道はあったはずである。

ANAにとって真に危険なのは、300万円を払えない顧客が離れることではない。300万円を払えるからこそANA以外を選べる顧客が、JALやマリオット、アメックスに決済を移すことである。SFC/JGCの両方を持つ顧客が、会社出張でも私用旅行でもJALを選ぶようになることは自然な流れである。私自身、その選択をすでに始めている。

ANAが削ったのは、ラウンジ利用権だけではない。それは、長年かけて築いてきた「次もANAを選ぶ理由」だったのではないか。

【主要参照】
ANA SFCサービス改定案内 / ANA Bizとは / JAL Life Status Program / 消費者庁 景品表示法

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