同志社国際 西田喜久夫校長による修学旅行「左傾化の経緯」を遺族が指摘

辺野古沖での修学旅行ボート転覆事故で亡くなった武石知華さんの遺族がnoteを更新した。11年前の2015年沖縄研修旅行でのホテルでの講演記録を基に、西田喜久夫校長(当時学年主任)の意向で講演者が交代した経緯と内容を冷静に分析している。これを受け、修学旅行の教育の偏向や違法行為擁護の疑いが相次ぎ、大きな波紋を広げている。

【参照リンク】2015年の研修旅行 辺野古ボート転覆事故遺族メモ

  • 遺族のnoteによると、2014年まで修学旅行の講演はひめゆり学徒隊生存者の宮城喜久子氏が担当し、16歳の戦場体験と命の重さを純粋に語る中立的な内容だった。
  • 宮城氏が2014年末に死去した後、2015年3月に沖縄タイムス記者の磯野直氏(当時社会部、現社会部部長)に変更された。
  • 磯野氏の講演は米軍基地内労働の歴史をテーマに、ベトナム戦争反対のための武器破壊や物資横領といった違法行為を「良心」から行った事例として紹介した。学校の公式冊子『平和を作り出す人』第33号に注釈なしで全文収録され、編集責任者は西田校長であった。
  • 質疑応答で生徒が「当時の違法行為も今の非合法な基地反対活動も合法ではない。今も違法行為で良心を果たすのは正しいか」と質問すると、磯野氏は「バックボーンがあれば違法も非難できない」「意思表示が大事」と回答した。
  • 別の生徒がデータで反論した際には「信憑性がわからない」「国際法違反」と法を振りかざし、同席教師が「水掛け論になる」と議論を打ち切った。
  • 磯野氏は講演冒頭で「半年くらい前に西田先生から連絡があって、沖縄タイムスを読んでいただいて話をしてほしいということでまいりました」と明言しており、西田校長が直接オファーしたことが確認される。
  • 遺族はこれを「純粋な戦争体験を消し去り、活動家寄りの内容に左傾化させた」と指摘する。
  • この遺族のnoteは瞬時に拡散し、トレンドに「同志社国際高校過去講演、違法行為擁護疑いで教育中立性に…」が入るほどになった。
  • 「目的が正しければ違法OKというダブルスタンダード」「高校生の質問の方が大人」「これが平和教育か」との批判が殺到し、生徒の論理的指摘を称賛する声も目立つ。
  • 「自分たちの主張のためなら手段を選ばず」という左寄りの思想と磯野氏の発言が一致すると指摘する声が多い。
  • 一方、学校側は事故後も「多角的視点の学習だった」と主張し、講演に関する公式反論は現時点で出ていない。
  • 遺族はさらに、冊子のタイトル『平和を作り出す人』が「左翼活動家が平和を作る」という意味に聞こえるのではないかと疑問を呈し、西田校長の団体との関係が深いことを問題視している。

遺族のこの指摘は、単なる過去の記録にとどまらず、同志社国際高校の平和教育全体の在り方や学校責任を問うものとなった。事故の悲劇を背景に、教育現場での政治的中立性や遵法精神の重要性が改めて浮き彫りになり、それに対する反応は「予想通りだった」との声とともに、学校の言い逃れは許されないという厳しい意見で一致している。

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    記事の問題提起には大きく賛同します。

    この記事を「西田校長個人の左傾思想」への批判だけで終わらせるのは不十分だと思います。
    より本質的に問うべきは、「その人物を誰が、どの手続きで校長に選んだのか」という学校法人のガバナンスです。
    西田氏が2015年当時に学年主任で、現在校長であることは分かっても、誰の推薦で、どの候補者の中から、どの会議で、どの評価基準により選ばれたのかは外部から見えません。
    同志社国際は私立校であり、校長人事の最終責任は学校法人同志社の理事会にあるはずです。
    であれば、問われるべきは西田校長個人だけでなく、理事会が校長の適性をどう評価して任命したのかという点です。

    G7各国の私立校を見ても、理事会や設置者が校長を選ぶこと自体は珍しくありません。
    しかし米英加の独立校では、サーチ委員会、公募、外部サーチ会社の活用、保護者・教職員への説明や面談を通じ、候補者の教育方針や価値観を検証する例が多い。
    仏独伊のような大陸欧州型でも、国や州の認証、資格要件、設置主体への監督、学校会議などの仕組みが組み込まれています。
    これに比べると、日本の私立校は内部昇進と理事会決定で完結しやすく、保護者・生徒・地域が校長選任や教育内容に関与する公式チャネルが弱い。
    今回の問題の背景にも、この「法人内部完結型」の閉鎖性があるのではないでしょうか。

    学校法人同志社は、校長人事の責任者が誰で、どのような手順を踏んで決まったのかを説明すべきです。
    批判の矛先を個人攻撃に矮小化せず、私立校ガバナンスの閉鎖性そのものを改革しないと、また子供が死ぬと思います。だって全然反省していないんだもの。