東大五月祭1日目が中止:過去にも早稲田祭が開催見合わせに追いこまれた

16日、東京大学本郷・弥生キャンパスで開催中の第99回五月祭が爆破予告により初日の全企画を中止に追い込まれた。この事件は、参政党・神谷宗幣代表の講演会への抗議活動が、最終的に犯行予告にまで発展したためだ。大学側は安全を最優先に判断したが、学生たちの準備した青春の一日が失われた事態は、単なる脅迫を超えて言論の自由を根本から脅かす問題として社会に衝撃を与えた。

  • 神谷代表の登壇をめぐっては、「差別的な言動を行わない」とする署名を求め、応じなければ座り込みを続けるという抗議活動が行われていた。
  • 東大の学生ではない活動家が構内に入り込み、迷惑行為を行っていた。
  • 発端はアカウントによる投稿とされている。

  • 最終的に、五月祭常任委員会および特定の企画団体(神谷代表講演会を主催する保守系学生サークル「右合の衆」など)に対し、16日午前中に「キャンパス各所に爆弾を仕掛け爆破する」といった犯行予告メールが届いた。
  • 委員会は警察と協議した結果、来場者・参加者の安全確保が困難と判断し午後4時頃に16日の全企画中止を発表した。
  • 東京大学は公式サイトで「自由な学術の場である大学において開催される学園祭がこのような経緯により中止されることに、強い遺憾の意を表明する」とコメントを出した。
  • 人的被害はなく、17日は手荷物検査などの警備を強化して開催された。
  • 各社の報道は一斉に事件を伝え、毎日新聞や読売新聞は爆破予告が講演会開演直前だった点を強調し、朝日新聞や日本経済新聞は学生運営団体の苦渋の決断を詳細に報じた。産経新聞は東大生の落胆を「青春の一日は取り返せない」と象徴的に取り上げ、事件の社会的影響を大きく扱った。
  • この事件で、1997年に奥島孝康総長(当時)が決断した早稲田祭中止の経緯が再び注目を集めた。
  • 早稲田祭では革マル派による資金流用疑惑(パンフレット収入やサークル補助金など年間2億円超が活動資金に流出していたとされる)が背景にあり、大学は1997年に早稲田祭そのものを中止し、実行委員会を活動禁止、その母体である早稲田大学新聞会の公認を取り消した。
  • さらに革マル派の拠点だった第一学生会館を取り壊し、管理体制を強化した。これにより早稲田祭は数年間(1997年から2001年頃まで)実質開催されず、革マル派の学内影響力は大幅に排除されたが、当時の学生の青春は顧みられなかった。
  • この歴史的事例が東大五月祭事件と重ねて語られることで、「有耶無耶にしたら今後学祭の講演には妨害されないような無難な人しか呼べない」との危機感が広く共有された。

  • 犯人逮捕と厳罰を求める要請や、言論の自由を守れという訴えが目立ち、左翼勢力(共産党系や「しばき隊」など)による言論封殺の繰り返しを警鐘する議論が活発化した。
  • 主催団体は「卑劣な行為、許せない」と声明を出し、学生からは座り込み抗議への不満も噴出した。

この事件を曖昧に終わらせてはならない。爆破予告などの犯罪は犯罪としてきっちり決着をつけ、二度とこのようなことが起きないよう徹底的に対処すべきである。そうしなければ大学祭の講演会は妨害されない無難な人物しか招けなくなり、言論の自由が失われる。早稲田祭の歴史が示すように、大学執行部を含む社会全体でこの卑劣な暴力に立ち向かい、学生の自治と自由な議論の場を守る必要がある。

東京大学・早稲田大学HPより

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