2000年代に原子力ルネサンスという言葉が流行した。脱炭素化の流れの中で環境主義者も原発に賛成し、民主党政権は電力の50%を原子力で調達する第3次エネルギー基本計画を発表した。

しかし2011年の福島第一原発事故で民主党は「原発ゼロ」に方針を転換し、多くの原発を止めてしまった。その後の安倍政権でも再稼動は進まず、新増設もリプレースもできない「冬の時代」が続いていた。
AI電力需要で原子力が再評価
しかしAIデータセンターの普及による電力需要の急増を背景に、世界のエネルギー政策は転換点を迎えている。欧州が脱原発の方針を撤回し、国際原子力機関(IAEA)が2050年までに世界の原子力発電容量が現在の2.6倍に拡大するという予測を出した。
世はまさに原子力ルネサンス2.0とでも呼ぶべき様相を呈している。日本国内でも主要原発メーカー3社(三菱重工業、IHI、日立製作所)の2027年3月期における原発事業の売上高見通しは、計7050億円と過去9年で最大になる見通しだ。
しかし、ここで問い直さなければならない。日本に原子力ルネサンスは本当に再来するのだろうか。それとも、現在の活況は一時的な「延命特需」に過ぎないのだろうか。
「新設ゼロ」の歪んだ好況
現在の国内原発ビジネスの活況は、一見すると産業の復活に見えるが、その中身は多分に「後ろ向き」な需要に支えられている。
売上高を押し上げている最大の要因は、既存原発の再稼働支援だ。テロ対策に必要な「特定重大事故等対処施設(特重施設)」の整備や、着工から30年以上が経過した六ヶ所村の核燃料サイクル工場の竣工に向けた安全対策・耐震補強工事など、いわば「過去の遺産を動かすためのコスト」が各社の財布を潤している。
日本国内においては、2009年の泊原発3号機を最後に新設は途絶えたままだ。政府は将来的に原発の電源構成比率を2割に引き上げる方針を示し、関西電力が美浜原発での次世代炉新設に向けた調査を始めるなどの動きはあるものの、国内での新規建設のハードルはきわめて高い。
主戦場は米国、だが「主導権」はどこにあるか
一方で、日本のメーカー各社が「市場拡大の起爆剤」と熱視線を送るのが、2000億ドル(約32兆円)規模とも言われる対米投資だ。日米両政府が合意した次世代小型モジュール炉(SMR)の建設において、日立やIHI、日本製鋼所などの技術や部品が組み込まれる可能性は高い。
しかし、これも楽観視はできない。かつて日本の原発大手は海外での新設に活路を見出そうとしたが、安全基準の高騰による事業費膨張で、トルコや英国からの撤退を余儀なくされた苦い歴史がある。
今回の米国主導のプロジェクトに食い込めるのは朗報だが、それはあくまで「下請け・サプライヤー」としての参加であり、かつて日本が夢見た「原発プラント丸ごと輸出」の主導権を握るルネサンスとは、いささか趣が異なる。
致命的な「人材の空白」というアキレス腱
何より深刻なのは、15年以上に及ぶ「冬の時代」がもたらした、日本の産業界の構造的な脆さである。この時期、国内で原発の新規建設に携わる従業員数は半減した。プラントを一から設計し、建設し、立ち上げるという一連のコア技能を持つ技術者の多くが定年を迎え、現場の技術継承は完全に断絶の危機に瀕している。
いくら世界で需要が急増し、米国で巨大プロジェクトが動こうとも、それを支える人がいなければ、日本のものづくり産業はその恩恵を十全に受け取ることはできない。技能の継承と人材育成は一朝一夕にはいかず、現在の売上高の数字が示すほど、足元の土台は盤石ではないのだ。
単なる延命から「真のルネサンス」へ
世界が原子力を再評価する中、日本がその潮流に取り残されないためには、現在の「再稼働・安全工事特需」の利益を、いかに次世代の人材育成と「国内での革新炉新設」への投資に結びつけられるかが勝負となる。
政治が再稼働の先にある「新設・リプレースの明確なロードマップを提示し、企業が長期的な視点で技術者を抱え直せる環境を作らない限り、日本における原子力ルネサンスは「他国の好況を遠巻きに眺めながら、古いプラントをメンテナンスし続けるだけの未来」に終わりかねない。
原子力は、日本の製造業が世界トップの技術をもつ数少ない分野である。政府の「17分野の成長戦略」などという総花的な話より、原子力に絞って政府が支援する必要がある。原子力部門の国営化も一つの選択肢だろう。







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