5連休となった今年のゴールデンウィーク(GW)。
毎年、GWはどこも混雑するので出かけないわたしなんですが、最終日の5月6日は神戸に所用があったため、名古屋から関西方面に向かい途中奈良県を旅行することにしました。

桜井駅まで近鉄で向かいそこからJR桜井線に乗って柳本駅へ。

山の辺の道沿いにある崇神(すじん)天皇陵。
本当の目的は山の辺の道と呼ばれるこの地域の古道を歩くつもりだったんですが、あいにくの雨。一部は歩いたんですが、道がぬかるんでいたので途中でリタイアして、山の辺の道からは外れ、比較的歩きやすい道で山の辺の道の終点、大神(おおみわ)神社に向かいました。

JR柳本駅から二駅歩いて大神神社に到着。鬱蒼とした森の中にある神社は三輪山をご神体として拝する神社です。

鳥居をくぐれば両脇を木々に囲まれた参道が続きます。雨はやんでおり、雨上がりの少し涼しい風が体を包みます。

拝殿の向こうに茂る三輪山の森。
参道を抜けると拝殿が現れます。寛文4年(1664年)に徳川家綱公により建てられたものです。前述の通り、大神神社は拝殿の向こうにある三輪山をご神体としているので本殿はなく、拝殿を通じて参拝を行います。
山そのものをご神体とする神社は新潟県の彌彦神社や愛媛県の大山祇(おおやまづみ)神社など各地にあります。この形式は縄文時代、弥生時代に多くあった古い参拝形式であり、それが現代まで残るものです。古来日本は八百万の神の文化であり、様々なものに神が宿ると考えられていますが、特に平地に暮らす人々から見て高くそびえる山は敬うべき存在であり、古代日本においては崇められる存在だったようです。

拝殿の右手にそびえ立つのは「巳の美杉」。巳年には例年以上に参拝客が訪れます。主祭神である大物主大神の好物である卵と日本酒を備えるのが習わしです。白蛇に化身して皇族の娘である倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の前に現れたという伝説があり、今も白い蛇がこの杉の木に出入りするという言い伝えがあります。
なお、白蛇に化身した大物主大神の姿に驚いてしまい、そのことにより神を怒らせてしまった倭迹迹日百襲姫命は箸で自らの陰部を突いて自害してしまいます。彼女の墓は市の北部にある箸墓(はしはか)古墳として現存しています。


礼拝所の脇に「倭迹迹日百襲姫命」の印がありました。
大神神社に来る途中、箸墓古墳にも立ち寄っています。

大神神社にはいくつか大きめの摂社がありますのでそちらも参拝します。

狭井神社へはくすり道と呼ばれる森を抜ける遊歩道を通ります。薬草が多く植えられていることからこの名がつきました。

狭井神社は大神神社神社より敷地が狭い(洒落じゃないです)ので周囲の森の木々がより近くに迫っており、森に包まれているような気がします。祭神は大物主大神の荒魂(神の荒々しい怒りの魂)。「神」ではなく、神の「荒魂」が祀られているというのも特殊だと思います。

12時を過ぎると三輪山への登山参拝はできなくなる。
狭井神社の脇にはご神体である三輪山への登山口があり、ここを上り下りしようとする人で賑わいます。ただここはあくまでもご神体の山。お祓いを受けてからしか登ることはできません。心を清らかにして、有難い気持ちで登るように心がけましょう。

拝殿の裏手にはご神水をいただける場所があります。この水を飲むと疫病が治る言い伝えがあります。この伝説があることから、くすり道ができ、薬草が植えられるようになりました。

大神神社の末社、久延彦神社も訪ねました。久延彦は案山子(かかし)の古名であり、農業の神、また学問の神としても崇められています。

神社としては小ぶりですが、高台にあってここから眺める三輪の町の景色は絶景です。一の鳥居の大きさに驚かされ、ここがいにしえの時代から神宿る地であることを改めて実感させられました。

JR三輪駅到着。
大神神社は神に選ばれたものしか来ることができないとされています。この日大神神社を訪ねたのは、神が私が参拝資することを必要だと判断し、私の意志に神が働きかけたのでしょう。この日の参拝をきっかけに、私のこれからの人生が安全で、心穏やかに過ごすことができるようになることを願ってやみません。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年5月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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