ドイツ メルツ首相「ウクライナをEU準加盟国に」

米イスラエル軍のイラン攻撃が勃発して以来、世界の主要メディアの関心はイランの動向を含む中東情勢に注がれ、ウクライナ戦争の動向については報道が著しく少なくなってきた。もちろん、それなりの理由はある。イラン情勢がホルムズ海峡の封鎖などで世界の原油市場に大きな影響が出てきていることもあって、米イラン間の交渉の行方に関心が行かざるを得ないからだ。

EUの旗、EU委員会公式サイトから

厳密にいえば、ウクライナ情勢はかなりのスピードで動いている。5年目に入った戦争でウクライナ軍がここにきて領土奪回に成功する一方、ロシア軍の動きは停滞気味だ。ロシアは今月9日、対独戦争勝利記念の軍事パレードを挙行したが、ウクライナ軍の攻撃を警戒して小規模な軍事パレードとなり、わずか45分で終了した。厳重な警備体制が敷かれ、市内中心部ではモバイルインターネットがダウンし、普段は賑わうロシアの首都の通りは閑散としていた。

それだけではない。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのモスクワ特派員が報じていたように、ロシア国民の間で戦争の危機感が高まってきているのだ。16日の夜から17日の朝にかけ、ウクライナ軍の無人機がモスクワおよびその周辺地域を攻撃し、少なくとも3人が死亡、製油所の建設作業員らを含む10数人が負傷した、というニュースはモスクワ市民に大きなショックを与えている。ウクライナのゼレンスキー大統領は「戦争はロシアからウクライナにやってきたが、その戦争は今、元のモスクワに戻って来たのだ」と表現していた。

戦争が勃発してから5年目に突入した現在、モスクワ市民はロシア軍が隣国ウクライナと戦争を行っているという現実を身に感じてきたのだ。ロシアのプーチン大統領は「特殊軍事行動」と国民をだまし続けることができなくなった。

欧州のメディアの中には、ウクライナが初めて戦場で優位に立った、ウクライナ戦争は大きな転換点を迎えている、といった論調が見られる。それに対し、インスブルック大学のロシア専門家マンゴット教授はNTVとのインタビューで「ウクライナの軍事的立場は数ヶ月前よりも有利になっているが、大きな転換点とはいえない」と指摘する一方、「ロシアは今後も戦争を苛烈化させ続けるだろう」と警告している。

トランプ米政権はイラン問題にエネルギーを投入、ウクライナの停戦問題については発言を控えている。その一方、欧州連合(EU)の中でウクライナの和平実現に向けた動きが見られ出している。

現状は、イラン問題は米国が、ウクライナ問題は欧州が責任を持って解決すべきだ、と言ってきたトランプ大統領の意向通り展開していると解釈ができるかもしれない。

EUは4月23日、第20回目の対ロシア制裁を採択した。その主な内容は、過去2年間で最大規模とされるエネルギーや金融分野、および制裁迂回防止対策の強化などだ。

ところで、EUの盟主ドイツのメルツ首相はウクライナにEUの「準加盟国」という新たな特別地位を与えることを提案している。EUのアントニオ・コスタ大統領、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長、そしてEU理事会議長国であるキプロスのニコス・クリストドゥリデス大統領に宛てた書簡の中で提案したものだ。

メルツ氏は、ウクライナの「準加盟」の構想について、「これはウクライナの正式加盟への道筋において決定的な一歩となり得る。これは簡易加盟ではなく、既存の連合協定をはるかに超えるものであり、加盟プロセスをさらに加速させるだろう」と説明する。

首相の構想によれば、この特別な地位には、ウクライナが欧州理事会およびEU理事会の会合に参加すること(議決権はなし)が含まれる。また、担当分野と議決権を持たない欧州委員会の準委員、議決権を持たない欧州議会の準委員、そして「副報告者」という形で欧州司法裁判所の準判事としての役割も考えられる。同提案によれば、ウクライナは当初、通常の加盟国のようにEU予算への拠出や恩恵を受けることはないが、直接管理下のプログラムは、セーフガード条項を付帯して段階的に開放される可能性があるというのだ。

同提案の中で重要な点は安全保障政策に関する部分だ。メルツ首相は、「ウクライナは外交・安全保障政策をEUと完全に整合させるべきだ。同時に、加盟国はEU条約第42条第7項に基づく相互援助条項をウクライナにも適用するという政治的コミットメントを行うべきだ」と主張している。

メルツ首相は、ウクライナがEUの基本的価値観に違反した場合、あるいは加盟交渉で重大な後退が生じた場合に備え、代替措置、あるいは権利剥奪条項を設けることも構想している。メルツ氏の提案はその実現性は別として、ウクライナのEU加盟問題で突っ込んだ提案が飛び出したこと自体、画期的だ。

また、ロシアのプーチン大統領との和平交渉の際のEU側の代表者問題が話題に上がってきている。フィナンシャル・タイムズ紙の報道によると、候補者としてアンゲラ・メルケル元ドイツ首相、あるいはマリオ・ドラギ元欧州中央銀行(ECB)総裁の名前が挙がっている。そのほか、フィンランドのアレクサンダー・スタッブ大統領とその前任者サウリ・ニーニスト氏も、欧州各国政府から候補として挙げられているという。EUのカラス外交安全保障上級代表は11日、月末の加盟国外相会合でロシアとの交渉の可能性や要求内容を議論すると明らかにしている。

ちなみに、EU側の動きに先立ち、ロシアのプーチン大統領は9日、ウクライナ戦争の解決に向けて欧州諸国と交渉する意向があることを示唆している。プーチン大統領自身、仲介役としてドイツ社会民主党(SPD)のゲルハルト・シュレーダー元首相を推薦していた。

いずれにしても、EU側からの案に対し、トランプ米大統領がどのように反応するかは不明だが、EU側がウクライナの和平実現に向け、具体的な代案を提示したことは高く評価される。

メルツ首相と会談するゼレンスキー大統領 2025年5月28日 ウクライナ大統領府公式サイトから


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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